2009年11月08日

★Tomocolumn 16「ゴンドウ父さんの愛情」★

kobire01.jpgクジライルカ類はおおむね母系集団だということは、きっと皆さん、ご存知でしょう。
例えば、小笠原でいつも見ているマッコウクジラは、母親と子供たちの群れです。雄は、ある程度育つと、若雄の集団を作って生まれた群れから離れます。彼らは小笠原より北へ向かい、東京湾近海で目撃されたりしてます。もっと大きくなり成熟すると、1頭づつバラバラで極北の海を目指します。そこで豊富な餌を採っては、時々、繁殖のために小笠原へやって来て、また北へ戻ります。
ザトウクジラも、ミナミハンドウもハシナガも、雌は複数の雄と交尾をするようで、持続する夫婦関係はもちません。ですから、子供と父親との親子関係も生じません。当然、父親として子供への愛情が育つはずがないのですが・・・。
09年2月、コルテス海でのコビレゴンドウの行動を見たら、そんな常識に疑問を持たざるを得ませんでした。
kobire02.jpg某日、私たちの乗った船はコビレゴンドウの大きな群れに囲まれました。全部で数百頭いるでしょうか、アダルトもヤングもいて、それぞれが船の前やや後ろをゆうゆうと泳いでいきます。
歓声を上げてそんなゴンドウたちを眺めているうちに、ふと、1頭のゴンドウが何やらくわえてるのに気付きました。見事な背ビレの成熟雄の口もとに、白っぽいモノが見え隠れするのです。さては魚でも食べてる途中かと、注意深く観察していると・・・、なんと、白っぽいのは、死んだ赤ちゃんゴンドウでした。
死んでから数日経ってるのでしょう、表皮はかなり白くなっていて、一部は皮膚が剥げかけてる状態です。目をつぶってる小さな顔も、はっきりわかります。
いったいなぜ、赤んぼうの死体をくわえたままで泳いでるのでしょうか。しかも、雄が。
oyako01.jpg赤ちゃんの死体を放さないお母さんイルカの話は、これまでに聞いたことがあります。子供の死がわからないのか、それとも、信じられないのか、懸命に死んだ子を泳がそうとしてる、なんて切ない例は、世界の数カ所で目撃されています。
でもでも、目の前のゴンドウは、確かに雄です。体が大きくて丸々した背ビレの、決してお母さんではない、成熟した雄です。つまりお父さんでもないはず、と言うか、お父さんかどうかは本人にもわからないはず、でもあるし、そもそも子育てに関与しない雄のクジラに父性愛はないはず・・・なのですが。
不思議に思いつつ見てる私たちの前で、やがてゴンドウたちは次々に潜っていきました。群れが姿を消した海に、あら、例の雄ゴンドウともう1頭だけが、潜らずに残っています。
残った彼らは、ふと泳ぐのを止めました。それから、そっと、赤んぼうの死体を口から放しました。
oyako02.jpg水面に浮かんだ赤ちゃんの死体を、少し離れたところから、じっと見守ってます。雄は動かずに、ただ静かに死体を見ていて、もう1頭のやや小柄なゴンドウが、その雄の横をゆっくり行ったり来たりしてます。
2頭が死体の前でとどまっていた数分のあいだ、船も停まり、船上の私たちも口をつぐんで、その様子を見ていました。誰もが、手にしたカメラのシャッターを切るのもやめてます。
ゴンドウもヒトも、それぞれが黙って赤んぼうを見守る、厳粛な雰囲気の数分間でした。
雄ゴンドウは、やがて、ゆっくりと死体に近付き、もう一度その口にくわえ直しました。そして、もう1頭を誘うように振り返ります。2頭は並んで静かに泳ぎ去り、私たちはそんな彼らを停まったまま見送ったのでした。
一連を見ていた船上の私たちは、皆、同じ印象を持ちました。そう、彼らの様子は、夫婦で早世した子供を悼んでいたとしか思えなかったのです。
普通、成熟雄が子供の死体をくわえてたとしたら、考えられるのは、群れの中で死んだ(もしくは殺した)他の雄の子を見せびらかして、自分の強さをアッピールしてる場合でしょうか。
でもでも、このときの雄には決して攻撃的な雰囲気はなく、むしろ、とても穏やかでした。
sunset01.jpgあのあと、雄ゴンドウは、何回か、赤んぼうを放そうとして、またくわえ直すことを繰り返したかもしれません。それでも、いつかは、さすがにあきらめるでしょう。それとも、あきらめがつく前に死体が崩れてしまうのでしょうか。いずれにしても、きっとそのときも2頭のゴンドウがやはり寄り添っていて、互いの傷みを分かち合い、無言で慰め合ったような、そんな幻想を抱いてます。
そんな馬鹿な、と、研究者には一笑に付されるのでしょうが、私自身はこのときの2頭のゴンドウの悲哀の感情を確かに受けとめて、彼らと共に、あの赤んぼうの死を悼んでいたのです。