2007年07月18日

★Tomocolumn 09「囲いの中のイルカたち」★

17_02.jpg5月のゴールデンウイーク明け、某番組の録画撮りのため、伊豆にある下田海中水族館に行ってきました。ここでは、入江の一部を囲ってハンドウイルカを飼育していて、ショーや、イルカを触ったり一緒に泳いだりするプログラムが行われてます。
営業前の、まだ人のいない早朝に入館すると、水面のあちこちにイルカが浮かんで、ぐっすり寝てました。ぷかぷかとイルカたちが浮いてるさまなんて、決して自然界では見ることができません。それに驚いてると、一緒にいた元水族館トレーナーの女性は、「え? これが普通ではないの? 野生のイルカはこう寝ないの?」と、逆に驚いてましたっけ。
やがて私たちの気配に気付いたようで、イルカたちはゆっくり動き出しました。でも、どうやらまだ半分寝ぼけてるようで、ぼやーっと少し泳いでは、また停まったりしています。
そのうち、男性トレーナーが餌を入れたバケツを持って歩いてくると、さて、イルカたちの動きが、俄然変わります。興奮がイルカからイルカへと伝わり、眼が覚めたイルカたちが、水際を歩くトレーナーの横をついていきます。トレーナーはそんなイルカに声をかけるでもなく、知らん顔であっちを覗いたりこっちへ動いたりしてますが、イルカたちは、右へ左へと、ぴったりそのあとをついて行きます。時々顔を水面に上げて、トレーナーの様子を伺うさまは餌をねだってるようで、まるで飼い犬みたい。それを眺めていて、ちょっと複雑な気持ちになりました。
17_01.jpg私がいつも見ている野生のイルカたちは、私たちに媚びることはしません。むしろ、彼らのご機嫌を伺ってるのは、私たちの側でしょう。
海でイルカに会うたびに、まず、「ヤッホー、元気?」「ねえ、遊ぼうよ!」「こっちに来て来て、いいでしょう?」と尋ねます。そのときによっては、尋ねるまでもなく、好奇心満点でぐんぐん寄ってくるイルカもいますが、「何だよ、また君たちなの」「じゃあ、ちょっと遊んでやるか」「だめだめ、今日はそんな気分じゃないの」など、相手の反応はさまざまです。そのどんな場合でも、私が感じるのは、海の中で誇り高く、堂々と、そして自在に泳ぐ彼らの美しさです。私たちを構ってくれずさっさと通過されると、なーんだ、今日は遊んでくれないのかー、と、しゅんとしちゃうけど、でも、じゃあ、この次は遊ぼうね、と、懲りずにその後ろ姿に声をかけてしまいます。
17_03.jpg遊んでくれたときでも、いつまでもついていく私たちに飽きて、「ハイ、今日はこれでおしまい。もうついて来ないで」とウンチされちゃったら、ごめんごめん、わかったよ、と、泳ぐのをあきらめます。嫌がってるのを無理矢理ついていったら、その次には、はなから近づいてもくれないかもしれませんから。
というふうに、海で主導権を握ってるのは、海の生きものであるイルカたちです。
翻って水族館のイルカたちを思うと、主導権は、餌を与えてる人間のものです。人間の要望に順応できなければ、残念ながら、彼らは生きていくことができません。そして、どんなに広く見えるプールでも、自然の海に比べたら、なんて狭い狭い空間なのでしょうか。追いかける魚もいないし、背中をこすりつける砂もありません。
17_05.jpg水族館の意義を全否定するつもりはないし、間近に観察することによってイルカや他の生きもの、ひいては自然全体へ関心を持つきっかけにもなるでしょう。
でもでも、実際に今、囲いの中にいるイルカたちを見てしまうと、連れて来ちゃってごめんね、という気持ちを抱いてしまいます。
願わくば、彼らのパフォーマンスに喜んでる観客に、決してこれだけが彼ら本来の姿ではないことを知って欲しいと思うのです。彼らは決して、常にハイジャンプをしてるわけでもなければ、常に人間の思いどおりになるわけでもありません。意地悪なときもあれば、獰猛なときもあります。シャイな子もいれば、アグレッシブな子もいます。私たちと同様、フツーの生きものです。私たちがエライわけでも、彼らがトクベツな訳でもありません。たまたま海では彼らが生きていて、陸では私たちが生きてるだけ。だからこそ、互いの存在にきちんと敬意を払っていたいなと思うのです。