2006年03月16日

★Tomocolumn 04「響けソング」★

ザトウクジラのソングを聴いたことがありますか?
12_01.jpg初めてその声を聴いたとき、どんな印象をお持ちになったでしょう?
冬から春にかけて、小笠原の海の中は雄クジラの声が響いています。雌への求愛の歌ともいわれ、いやいや、他の雄への縄張り宣言だともいわれてますが、私たちヒトにはその実情は知りようがありません。
もしかしたら、ただただ、歌いたくて歌ってるだけかもしれません。はるばる北の海からやってきたクジラにとって、南の海は眼にする魚も色鮮やかで、水温も暖かく透明度も良く、嬉しくなって思わず鼻歌が出てるのかもしれない。または、遠くから疲れきってようやくたどり着いたこの海でどの雌にも相手にされず、自棄になって呻いてるのかもしれない。それとも、雌にアタックする前に自分自身に気合いを入れてるのかも?(ハンプバック浜口?) どの解釈もなるほどと思える(?)、そんな不思議な声音と旋律の「歌(ソング)」ですよね。
12_03.jpg毎年、シーズン初めのソングはへたくそで、ブツブツ途切れてしまいがちです。小笠原に到着したばかりで、まだ息が切れてるのでしょうか。それとも、調律中? でもそれが、日を追うごとに上手に、いかにも歌らしくなっていきます。
あの巨体でよくもまあ、いったいどこから出してるのかしらと呆れるくらいに高くか細い音から、密林の猛獣のような低く太い音まで駆使した歌は、見事です。とても1頭で出してるとは思えないような、「いっこく堂」もどきの声音です。
私たちヒトは、それを聞きながら、年ごとに特徴のある歌の違いを楽しんだり、歌い手の気持ちをあれこれ忖度したり。
12_05.jpgある年は演歌の嘆き節風ソングで、あまりにも哀れっぽい節回しに、聞いてたお客様がついに同情して「わかった、私があなたのところへ行ってあげる!」。 別のある年は、高音が多いニューミュージック調で軽やかなのだけど、これはこれで、シーズン終わりのもう雌もいないであろう頃に聴くと、ひとしお切ないものが・・・。
まれに2頭がごく近くで声を張り上げてると「まあ、競争してるのかしら」とか、泳ぎながら歌ってると「あらあら、焦ってるのかしら」とか、勝手に想像をめぐらせています。いっしょに聞いてる男性陣からあまり感想が聞かれないのは、身につまされてるのでしょうか・・・(失礼!)。
12_02.jpgまた、このシーズンのドルフィンスイムでは、眼ではイルカを見ながら、耳ではクジラのソングを聴いている、なんて体験もできます。姿は見えなくても、まさに今、同じ海の中にいる彼らの存在をまざまざと感じられて、ああ、イルカとクジラだらけの、なんて豊かな海なのだろうと嬉しくなっちゃいます。
ザトウのソングは180キロ先まで聞こえてるそうで、海中の状態によっては、なんと1800キロもの彼方まで伝わるとか。となると、一足先に父島に到着したクジラの不慣れなソングを、旅の途中の三陸沖あたりにいるザトウが聞いて、「なんだ、へたくそめ、よしこれからオレが行ってもっと上手に歌ってやるぞ」と思ってたりして。または、こちらから、「おーい、根室沖の仲間たち、小笠原は暖かいぜー。早く来いよー」と伝えてるのかも。
彼らにとって、地球はなんて狭いのでしょう。彼らこそ、私たちよりずっと昔から、ちゃんとグローバルスタンダードで生活しているのです。ソングに思いをはせることで、私たちも真似して地球規模でものを考えられそうです。



posted by Tomoko at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 響けソング