2011年06月13日

★Tomocolumn 21「イルカのごはん」★

21-1.jpgご存じでしょう、小笠原沿岸域で見られるザトウクジラたちは、冬から春にかけて何も食べていません。彼らは、夏のあいだに、アリューシャン列島近海でオキアミやニシンを採餌しています。
外洋域では、マッコウクジラがダイオウイカをくわえたり囓ったりするのを目撃しています。ダイオウイカ以外にも深海性のイカなどを食べてるのだろうと想像されます。
それでは、イルカはいったい何を食べているのでしょう?
ハシナガイルカは、どうやら、夜、沖で餌を追っているようです。餌となってるのは、夜のあいだに深みから浮いてくるイカやサカナでしょう。明け方には採餌を終えて岸近くに戻り、日中は穏やかな入り江で休憩しています。午後になると、ハシナガたちの動きは徐々に活発になり、やがてまた、餌を捕るために沖へ泳いでいきます。
21-2.jpgでは、ミナミハンドウイルカはどうでしょう。彼らは、ハシナガのような日周行動はとりません。いったい、いつ、どこで、何を食べているのでしょうか。小笠原ですでに20年も彼らと付き合ってきましたが、実はまだ、その食性はよくわかっていません。
私たちも、彼らが何かを食べるところに遭遇することはあります。ドルフィンスイムツアー中、ときどき、何やらしきりに下を探すそぶりをするイルカがいます。何かいるのかしらとその横に並んで下を見ても、青い海の中には何も見えません。でも、そんなイルカがさーっと真っ直ぐ潜っていくと、次に上がってきたときにはサカナをくわえてます。私たちの耳には聞こえなくても、きっと音を出してエコロケーションでサカナを見つけていたのでしょう。
イルカは、わざわざ下からくわえて持ってきたサカナを、まるで私たちに見せつけてるようです。そのサカナを水中でちょっと放してみては、ふらふら泳ぐのを追いかけてくわえ直す、なんて、数回繰り返してます。2頭のイルカが、交互に、逃げるサカナを追いまわすこともあります。やがて、そんな遊びに飽きると、がしがしと噛みきって真っ二つにして、飲み込みます。
21-4.jpg餌となってるのはハギが多いです。動きが鈍くて、つかまえやすいのでしょうか。そのハギを、ふたつに噛みきるだけでなく、見事に皮をむいて食べることもあります。皮は美味しくないの?刀をくわえてる!?と驚かされたときのサカナは、ダツでした。銀色に輝く長い胴を、イルカが真横にくわえていたのです。鋭く尖った口先を噛み落としてから食べるのだろうという予想に反して、そのまま口先から飲み込んでしまいました。あんな長いものが胃の中に刺さらないのだろうかと、見ていて心配になったくらいです。
それにしても、イルカがそんなふうにサカナを捕まえて、時間をかけて食べるさまは、どうも遊び半分のようです。たぶん、彼らにとってはせいぜい「おやつ」程度なのでしょう。「食事」にしては、運動量のわりに餌の量が少なすぎるのではないかしら。
21-3.jpgいかにも「食事」らしいのは、トビウオを捕食してるときのイルカたちのさまです。トビウオが、水面上を飛んで逃げてます。その真下の水面下を、仰向けになったイルカが空中のトビウオを見ながらぴったりついて泳いでいきます。力尽きたトビウオが着水したところを、ぱくり。必死に逃げるトビウオが、飛びながら右へ左へとカーブを切っても、イルカはゆうゆうとその真下を泳いでついていきます。なんという正確さ。飛翔の名人のトビウオとはいえ、いつかは着水しなくてはなりません。どんなに長く飛び続けても、やがては下で待ち構えるイルカの口へ落ちていきます。なんという非情さ。あっちでもこっちでも、飛ぶトビウオと追うイルカたちが見えます。彼らがあげる白い水しぶきと水面を横切る黒い背ビレで、海が沸き立つようです。
その騒動に、カツオドリも集まってきます。彼らもまた、空中のトビウオを目指して、素早く突っ込みます。その動きもまた、お見事。追っていたトビウオを横からカツオドリにさらわれて、やむなく急ブレーキ、また別のトビウオを探しはじめるイルカもいます。空と海の両方から狙われるとは、トビウオにとってなんて厳しい状況でしょう。
21-5.jpg食い気がたってるイルカたちの動きは敏捷かつ獰猛で、いかにも肉食獣です。いつものあの、優しい眼をしてのんびり泳いでるイルカからは想像もつかない姿です。うかうかとヒトが水中に入ったら、目もくれないどころか、邪魔だっ!とぶつかってくるでしょう。でも、これこそが、彼らのあるがままの、そして何より生きるすべとして必要な食事の光景です。彼らは、水族館でトレーナーの言う通りに動いて口を開けていれば(死んだ)サカナが手に入るわけではありません。この海で、自らの体力と知力を使って餌を捕まえなければ、自身が飢えてしまうのですもの。生きていけないのですもの。もちろん、餌となるサカナたちのほうだって、途中から参戦してくるトリたちだって自分が生きるのに必死です。まさに、食うか食われるか、です。
私たちは誰の応援もできず、ただただ圧倒されて命を賭けた戦いを見守るだけです。
そしてきっと、私たちが知らないところで、実は別の餌をもっとたっぷり食べているのだろうイルカたち、その姿はもっともっと厳しく激しいものなのかもしれないと、想像をたくましくしているのです。(TOMOKO)
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2011年02月27日

★Tomocolumn 20「網にかかったクジラ」★

2010年12月某日、いつものツアーに出て昼休憩を終えた頃、無線が入りました。どうやらザトウ情報らしいのですが、よく聞き取れません。とにかく行ってみようと父島の南側へ向かうと・・・。
20-1.jpg無線をくれたダイビングボートはいますが、ブローは見えません。近くまで行って、ようやく、1頭のザトウクジラの背中を確認できました。でも、動きがおかしい。どうしたのだろう? ん? 誰かがクジラの横で泳いでる? 何をしてるの??
ボートのスタッフに尋ねると、なんと、クジラに大きな漁網が絡まってるとのこと。網にはたくさんの浮き玉がついていて、クジラは潜れずに水面で浮いたまま息も絶え絶えの状態だったそうです。そこでやむなく、スタッフのひとりが泳いでその網を切る作業をしてるとのことです。
ちょうど漁網の大部分を切り離したところで、それはそれは大きく重そうな網の塊りをボートに引き上げていました。
それでもまだ少し網が残ってると聞き、ダイビングへ向かうそのボートから作業を引き継ぎました。見れば、クジラはゆっくりながら水面を泳いでます。水中に入って状況を確認すると、口の両端からロープを引きずり、二本分が背中を回ってその後ろへかなり長く伸びています。放っておいたら、これがまた何かに絡まってしまいそうです。そこで、あとからやってきた別のダイビングボートのスタッフと共に、その長いロープを切る作業にかかりました。ロープを引くと、口の中からずるずるとまだ出てきます。全てを引き出せたらよいのだけど、それはできず、なるべく口に近いところで切ることにします。
20-2.jpg泳いでいたクジラはやがてほとんど停まりましたが、すぐ横まで行くと、ときに胸ビレで叩くような仕草をするので、油断できません。私たちが何をしようとしてるのかわからず、かえって怯えてるのかもしれません。
作業にかかるとき、私の耳にクジラの声が聞こえました。低く、伸ばすように、一声、二声、そして三声。ソングではなく、またクジラ同士でお喋りしてるときの声でもない、初めて聴く声でした。なんて切なく響く声でしょう。こんな状況だけに、私には、このザトウがまるで自分が陥った悲運を嘆いてるように聞こえました。
それぞれが注意しながら、時間をかけて、何とか両端とも2mほどにまでロープを短く切り終えました。これくらいなら、クジラにとってそれほど負担にならずにすみそうです。全員がボートに戻ると、クジラはそのままぷかぷか浮いてました。絡みついてた重い漁網がなくなったのは、わかったはずです。深い呼吸を繰り返して、そのブローもはっきり見えるようになりました。と、クジラはその場で向きを変えて、ぐるっとひと回りしました。折しも、私が個体識別の手がかりに背ビレの写真を撮ってるときでした。左側を撮り終えて、「右を撮りたいから、クジラの反対側へ回って」とキャプテンに頼んだちょうどそのとき、それが聞こえたかのように、クジラは向きを変えて逆の背ビレを撮らせてくれたのです。そして、何を思ったのか、クジラは船に近付いてきました。水面下に、頭も傷だらけの背もはっきり見えます。ぶつかりそうなくらい舷に寄ってきて、大きく一呼吸して、それからゆっくり潜っていきました。
20-3.jpg次の浮上をしばらく待ったのですが、50分待っても現れません。後ろ髪を引かれながら、私たちはその場を離れました。
もう一度、無事な姿を確認したかったなぁ。よほど遠くに浮上して、見つけ損なったのでしょうか。ようやく潜れたクジラは、喜んでぐいぐい水中を泳いでいったのかしら。それならいいのだけど。決して、力尽きて沈んだようには見えませんでした。あきらかに、自分の意志で潜っていきました。だから、そのあと、きっとどこかに浮上してるはず。どうかどうか、元気でいてくれますように。
果たして、このときのクジラは、私たちが漁網を切って助けようとしてるのはわかったのでしょうか。もちろん、眼で、水中の私たちを見てました。最初は警戒していたにしても、ヒトが近付くことによって、動きのとれないからだが軽くなっていくのを感じとれたのでしょうか。ヒトとしての勝手な期待では、潜る前にわざわざ船に近付いてきたのは、感謝の気持ちを示したかったのかと。・・・うーん、どうでしょう。
20-4.jpg漁網が絡まったクジラやイルカの話はこれまでにも聞いたことがありますが、うまく外してやれた例は寡聞にして知りません。身動きがとれずにパニクっているクジラやイルカに寄るのは、大変危険でもあります。今回のザトウの場合は、かなり弱っていたからこそできたことです。それでも、最初は、近付こうとするとぐるぐる水面でのたうち回って嫌がったそうです。にもかかわらず、網を切るのをあきらめなかった最初のボートのスタッフに、敬服します。
漁網以外にも、金属の輪がすっぽりクチバシにはまってしまったミナミハンドウイルカの子を見たこともあります。口を開けることができない子イルカは、みるみる痩せていきました。はずしてやりたくて私たちが近付こうとするのですが、追いかけられてると解釈した親子のイルカは一目散に逃げていきます。このときくらい、言葉が通じさえすれば、と悔しく思ったことはありませんでした。ちょっと停まってくれれば、外してやれるのに。
海の中で私たちがクジラやイルカを助けられる機会は、あまりにも少ないです。今回が、そのまれな例になっていたら嬉しいのですが。しばらくは、ザトウを見るたびに、あのときのクジラかと背ビレを確認してしまうことでしょう。(TOMOKO)

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2010年10月26日

★Tomocolumn 19「マッコウの子育て」★

19-1.jpg小笠原の海では、今日も多くの生きものが子育て中です。
ザトウクジラやアオウミガメのように、繁殖のためにはるばる小笠原へやってくる種もいれば、ミナミハンドウイルカのように、ずっとこのあたりにいて繁殖する種もいます。それぞれが、この美しい海で、次世代への命の引き継ぎにいそしんでます。
巨大なマッコウクジラもまた、小笠原で子育てをしています。成長した雄は北へ旅立ちますけど、雌はこの近海に棲み続けます。
なので、私たちがよく会うマッコウクジラは、7〜12メートルくらいの雌と若者たちの集団です。時に、4メートルしかない、生まれたばかりのベビーも見かけます。
19-2.jpgベビーは、まだ呼吸するのもへたくそです。四角い頭を海面に突き出して、上下に揺らしてリズムをとりながら呼吸してます。鼻の穴だけを水面上に出す、効率的なアダルトの呼吸のしかたとは全く違います。
まだ警戒心のないベビーが、ふらふらと船のほうに寄ってきてしまうこともあります。お母さんは、慌ててベビーを連れ戻しに来ます。アブナイじゃないの、と、まるでこちらのせいのように船を目の敵にすると、もう、いけません。向きを変え、子どもをしっかり守って泳ぎ去ります。こちらは、その後ろ姿を見送るしかないのです。そんな、大事に大事に育てているマッコウの子どもも、でも、お母さんが食事しに深海へ潜っている間は、たったひとりで帰りを待っていなくてはなりません。どんなに可愛い子でも、1000メートル以上の海の底まで連れて行くことはできないのです。
19-3.jpgオトナのマッコウが潜っている時間がどれくらいか、ご存じですか?クジラにもよりますが、だいたい30分から1時間です。彼らが海の深みに辿り着くだけで、10〜15分かかります。そこで餌となるイカなどを追い、首尾よく食べられても食べられなくても、また浮上に10〜15分かかります。水面で待っていた子どもと合流し、呼吸を整えながら授乳します。そしてしばらくすると、また餌を探しに潜っていきます。
子クジラのほうは、たいていお母さんが潜るとき、一緒に潜ります。2頭の姿が消えるのだけど、数分から十数分で、子クジラだけがぷはっと海面に現れます。もうそれ以上、母さんについて行けなかったのでしょう。
19-4.jpg母さんを待つ間、水面の子クジラは、ぷかぷか浮いてたりばちゃばちゃ泳いだり、不規則な動きです。ずーっと様子を見てると、やがて、まっしぐらに泳ぎはじめます。一方向に向かって、頭を上下させながらどんどん泳いでいきます。さてはそっちにお母さんが浮いてくるのかと船がついていくと、果たして!気が付くと、お母さんマッコウが子クジラに寄り添っています。子クジラは、荒い呼吸を繰り返すお母さんの隣にいたかとも思うと、ふっと消えて、お母さんの下に潜りこんでます。きっと夢中でおっぱいを飲んでいるのでしょう。
好奇心の強い子クジラがひとりで待ってるとき、ふと船に興味をもつと、そのまま近付いてきちゃいます。私たちにしてみれば、小さいとはいえ、間近でマッコウを見られてラッキーです。子クジラは、舳先から舷を回ったり船底をくぐったり、うろうろ行ったり来たりしてます。船上からは歓声が上がりますが、でもでも、お母さんがその様子を知ったら、きっと気が気でないでしょう。
19-5.jpgもし、子クジラに危険が迫っても、お母さんはすぐ子クジラを助けに来ることはできません。海面の子どもと海底のお母さんが音を出して会話してるとしても、子クジラの悲鳴を聞きつけたお母さんが浮上してそばに行くまで10分はかかるのですもの。「獅子は子を千尋の谷に突き落とす」と言いますが、マッコウは、子を置いて、自らが千尋の海底に下りていくのです。しかも一回きりでなく、日に何度も何度も。それは、ある意味では、突き落とすよりもっと辛いことかもしれません。とはいえ、あらためて思えば、野生の生きものは、マッコウに限らず、それぞれがハードな環境で子どもを育てているものです。子を置いて親がエサをとりに行くのも、よくあることです。それでも無事に子育てできる確率が高いから、その種は今でも存続しているのでしょう。
いっぽう、生息環境には変化がつきものでもあります。これから先もマッコウたちが向かう深海にエサが豊富にあり続け、そして、子クジラが待つ海面が安全であり続けますように。なによりも、私たちヒトの影響で彼らの生存を脅かすことがないようにと願いながら、今日もマッコウとの出逢いを楽しみたい私たちです。(T)
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2010年05月21日

★Tomocolumn 18「イルカと仲良くなるコツ」★

18-1.jpgBonin Blueに輝く海でイルカと戯れる、夢のようなひととき・・・。
「どうしたらイルカにもっと近づけますか」「どうしたらイルカと一緒に泳げますか」と、よく尋ねられます。そこで今回は、イルカと仲良くなるコツをお伝えしましょう!
そのコツとは・・・?まず、「イルカは、ヒトをだ〜い好き!」という先入観を捨てましょう。大人気だったわんぱくフリッパーのイメージから(あ、古すぎ!?)、または水族館のショーでの従順な姿から、「イルカは人間の友だち」と刷りこまれてるあなた、イルカはいつでも喜んで人間に近付いてくると信じてるあなた・・・残念ながら、そう決めつけるのは間違いです。
私たちは、実際に彼らが生活してる海で、可愛くフレンドリーなばかりではない、イルカの不機嫌な顔や意地悪な顔もよく見ます。イルカ同士で喧嘩してることもあれば、1頭を数頭のイルカが虐めてることもあります。1尾の魚に噛みついては、わざと離す。よろよろ泳ぐ魚を追いかけて、くわえてはまた離す。さんざん遊んだあげくに噛みちぎって食べてしまうさまを見たら、思わず魚に同情してしまいます。でも、弱肉強食の世界では、強いモノが弱いモノを弄ぶのはよくあることでもあります。
18-2.jpgそう、イルカは決して特別な動物ではなく、フツーの生きものなのです。だから、過剰な思い入れを捨て、フツーの生きものとして接してください。
では、どうやって・・・? あなたが知らないヒトに初めて会うときを思い出してください。いきなり近づいて、ぺたぺた触ろうとはしませんよね。ある程度の距離をおいて、さて、相手がどんな性格かしら、今のご機嫌はどうかしら、どういうふうに話しかければいいかしら、って様子を見ますよね。いざ言葉をかけてからも、相手の反応次第で話し方を変えたりしますよね。イルカも同じです。海に入ったら、さて、目の前のイルカは、何をしてるところかしら? どんな性格かな?ご機嫌はいいかな? ちょっと近付いても大丈夫かな。このままもっと寄れるかな。あ、少しうるさがってるかな。ここで停まった方がいいかな。などなど。こちらをちらっと見て顔を背けたり方向を変えたりするようなら、くれぐれも慎重に。嫌がるイルカに無理に近づいたところで、相手は逃げるだけです。一度嫌われたら、次はもっと警戒してしまいます。人間だってそうでしょう?
18-3.jpg「え〜、だって、イルカは人間じゃないもの」。じゃあ、犬を想像してください。知らない大きな犬(それこそ自分より大きくて、引き紐もついてない犬ですよ!)に道でばったり会ったら、いくら犬好きでもいきなり「カワイイ〜!」って行かないでしょう?「この犬は噛みつくかしら?」って、距離をおいて見ますよね。その犬が優しそうな表情で尻尾を振ってたら、安心して近づくかもしれないけど、険しい表情で唸ってたら、刺激しないよう、ゆっくり回れ右するでしょう。餌を食べてたり道ばたで寝てたりなら、そーぉっと横を通過するかもしれない。犬じゃなくて、猫だったら?・・・おっと、そんな大きな猫って、つまりは虎じゃないですか。やはりむやみに近付かないですよね。
もしイルカが嫌がってウンチかけてきたら、そこで止まりましょう。水底で休んでるイルカの間に入って驚かすのはやめましょう。水中をゆっくり泳いでるイルカが浮上のとき急に早くなって水面の私たちを避けるようだったら、諦めましょう。近付くときには、バタバタ追いかけるのではなく、相手の動きに合わせて、そっと。
18-4.jpg「なぁんだ、だったら、水族館の方がよっぽど簡単に近くでイルカを見られるじゃないの」。ハイ、その通りです。イルカをただ見るだけなら、水族館をお勧めします。
でも、私たちが皆さまに見ていただきたいのは、ヒトによって馴化されたイルカではなく、本来あるべき姿のイルカたちです。どんなに早く、どんなに深く泳ぐのか。どんなに高く、どんなに軽やかに跳ぶのか。どんなふうに餌を食べ、遊び、眠り、子育てをしてるのか。どんなふうに仲間同士コミュニケーションをとってるのか。競ったり力を合わせたりしてるのか。なによりも、青い海の中で彼らがどれだけ美しいのか。どれだけ豊かな表情をしてるのか。どれだけ全身で生を謳歌してるのか。そして、そんなイルカが、私たちのことを同じようにフツーの生きものとして認めてくれて仲良くできたら、ホントに嬉しい!
イルカと水中でくるくる追いかけっこするのも楽しいけど、私が幸せを感じるのは、イルカと互いの眼を見つめながら、ぴったり横に並んでずーーっと一緒に泳げるときです。笑ってこちらを見てるイルカの眼の、なんて優しいことでしょう!
18-5.jpg水中を一緒に泳いでいて、あ、もう息が続かない、というとき、それを察したイルカのほうから、まるでリードするように浮上していきます。そのまま並んで同時に水面で一息し、そして寄り添ったまままた潜っていく。イルカは私より長く息が続くのに、こちらの様子を感じて合わせてくれるのです。きっと、子イルカと泳いでるときもそうしてるのでしょう。イルカと気持ちを合わせてきれいにシンクロして泳ぎ続けられるときの幸せな気持ちといったら!このまま、いつまでもどこまでも泳いでいけそう。まさに、時間が止まります。
そう、イルカと仲良くするコツは、イルカをよーく観察し、理解しようとし、そのときの彼らの気持ちを尊重することに尽きます。つまりは、ありのままのイルカへの愛情、かな。そしてあとは、よりスノーケリングに慣れること。
さあ、イルカへの愛をいっぱい胸にして、ご一緒に小笠原の海へ!(T)

2010年03月20日

★Tomocolumn17「ドルフィンスイム変遷」★

ds-1.jpg小笠原は野生のイルカに会える海で、彼らを目的とする観光客が大勢いらっしゃいます。でも、この海では、ずっと昔から今のようにイルカと泳げていたわけではありません。
以前は、野生のイルカに遭うのは、夢のまた夢でした。20年前の私が一生に一度でいいから海で遭いたいと夢見ていたのが「マンタ」「ジンベエザメ」、そして「イルカ」でした。野生のイルカに本当に遭えるなんて、まして一緒に泳げるなんて、当時の私には想像もつかないことでした。
そんなあの頃から、では、どうやって今のイルカと泳げる海になったのでしょう。
80年代後半(ああ、トシがばれる・・・!)、小笠原への観光客はダイバーと釣り師ばかりでした。ダイビングボートでの行き帰りに、まれにイルカを見つけることがありました。ダイバーたちは大喜び。船首波に乗る姿やジャンプする姿に拍手したものです。
ds-2.jpgで、何しろダイバーですから、海の中でイルカを見たいと飛び込むようになりました。でも、ジャイアントストライドで入っても、びっくりしたイルカはあっという間に逃げ去ります。いつも、先着1名か2名が逃げ去るイルカを一瞬見られるだけでした。それでも、見られた人は大はしゃぎ。他の人たちの羨望のまなざしを受けたものです。なので、この時期は、イルカを見つけたらとにかくさっさと準備して、ボートから飛び込む先頭に立つのが肝心だったものです。
ところが、そのうち、逃げないイルカが現れたのです。ヒトが飛び込んでも平気なので、海に入った全員が見られるようになりました。あの、頭に白い丸があるイルカは逃げないね、嬉しいねと噂が広がると、次には、彼がいる群の他のイルカたちも逃げなくなったのです。
同じ頃、ダイビング中にイルカに会う機会も増えました。つまりは、イルカたちが水中のヒトに慣れてきたのでしょう。潜っててふと気付くと、イルカがいる!わわわ!と慌てるうちに、いなくなります。サカナを見てるダイバーの後ろからイルカもそっと覗きこんでる、なんてこともありました。
そんなふうに海で互いの存在を認めるようになり、いよいよドルフィンスイムの始まりです。
ds-4.jpgはじめは水中でヒトという見慣れない生きものを警戒して遠くを泳ぎ去ってたイルカたちも、やがて、所詮、ヒトはイルカに追いつけないとわかったようです。一目散に逃げるのではなく、横目でヒトを見ながらそのまま泳いでくれるようになりました。または、こちらの泳ぐ速度をはかりつつ、追いつけそうで追いつけない距離を保ったり、後ろから脇を追い抜いていったりと、ヒトをからかう面白さも覚えたようです。そのくせ、いざ逃げるとなったら、あちらに向かうふりをしつつ、潜って方向転換して猛スピードで泳ぎ去る、なんてフェイントも使います。ときに、好奇心の強いイルカが近づいてくることもありました。こちらが上手くそれに合わせると、一緒に並んだり水中で廻ったりもできます。彼らも、ヒトとのスイムを楽しんでくれてるのでしょう。
私たちも、イルカたちに嫌われないよう、彼らの意向を尊重することを覚えました。赤んぼうがいて神経質なとき、採餌に忙しいとき、ゆっくり休息してるときなどは邪魔しまいと心がけます。そう、いつだって、イルカのほうがペースを合わせてくれるからこそ、私たちは彼らに近づけるのですもの。
ds-3.jpgイルカとヒトとは姿形も違えば言葉も通じませんけど、じっと眼と眼を合わせると、互いの気持ちが伝わります。楽しそうに笑ってたり、興味深そうに観察してたり、不機嫌なのをガマンしてたり。こちらも、自然に相手の状況に合わせた行動をとるようになります。
イルカを見つけてボートから海に入ると、当のイルカが水中で縦になってこちらを待ってる、なんてこともよくありました。あらぁ、待っててくれたの、と嬉しくて嬉しくて! たまたま私がイルカの絵の水着を着てたら、不思議そうにじーっとその絵を見つめてたこともあります。水中で首をかしげて考えこんでる表情の、おかしかったこと!
またある日、彼らが海藻やビニールの切れ端をヒレに引っかけて遊んでいました。切れ端をくわえて私の目の前に持ってくると、試すようにそっと放します。私がそれをつかんで振って見せ、ほうら、と放すと、喜んでまたそれをくわえていきました。
世界でイルカを見られるところは何カ所もありますが、飼育下のイルカだったり、餌付けしてたり、または水中で通りすぎるイルカを見るだけだったりが案外多く、野生のイルカと一対一で遊ぶことができる海は、ほんの数カ所です。小笠原は、イルカとコミュニケーションをとれる、とても貴重な海になったのです。
ds-5.jpgそんな小笠原ですが、年と共にツアーボートもお客さんも増えて、スイム事情もまた変わってきました。ある意味では、以前よりイルカをウォッチしやすくなりました。ヒトやボートの動きを覚えて、必要以上に警戒することがなくなってます。水中でヒトを見ても、ああ、またこいつらか、と逃げずにいるので、近くで見やすくなったのです。
ただまた、いつまでも一緒に遊んでくれることが減ってます。もしかしたら、ヒトに飽きてしまったのかもしれません。以前のように一度海に入ったら30分・1時間と並んで泳ぎ続けることが、めっきり少なくなりました。
さて、これからの小笠原で、イルカとヒトの関係はどう変わっていくのでしょう。いつのまにか、父島で20年前からイルカを海の中で見続けてきたスタッフは、私だけになりました。これまでの変遷を知らなければ、今のスイム環境を当たり前と思うことでしょう。でも実は、今の環境は、イルカとヒトの信頼関係で長年かけて育んでできたものなのです。
今でもなお、イルカがヒトと遊んでくれることもありますし、通り過ぎるイルカを近くで見てるだけでも楽しいです。でも、たった20年でこんなに変わってきた彼らとの付き合いが、この先の10年20年でどう変わっていくのか。
危機感を持ちつつ、それだけに今、彼らが私たちを受け入れてくれてることを喜び、イルカたちとの良い関係を守り続けていきたいと願ってます。(T)

2009年11月08日

★Tomocolumn 16「ゴンドウ父さんの愛情」★

kobire01.jpgクジライルカ類はおおむね母系集団だということは、きっと皆さん、ご存知でしょう。
例えば、小笠原でいつも見ているマッコウクジラは、母親と子供たちの群れです。雄は、ある程度育つと、若雄の集団を作って生まれた群れから離れます。彼らは小笠原より北へ向かい、東京湾近海で目撃されたりしてます。もっと大きくなり成熟すると、1頭づつバラバラで極北の海を目指します。そこで豊富な餌を採っては、時々、繁殖のために小笠原へやって来て、また北へ戻ります。
ザトウクジラも、ミナミハンドウもハシナガも、雌は複数の雄と交尾をするようで、持続する夫婦関係はもちません。ですから、子供と父親との親子関係も生じません。当然、父親として子供への愛情が育つはずがないのですが・・・。
09年2月、コルテス海でのコビレゴンドウの行動を見たら、そんな常識に疑問を持たざるを得ませんでした。
kobire02.jpg某日、私たちの乗った船はコビレゴンドウの大きな群れに囲まれました。全部で数百頭いるでしょうか、アダルトもヤングもいて、それぞれが船の前やや後ろをゆうゆうと泳いでいきます。
歓声を上げてそんなゴンドウたちを眺めているうちに、ふと、1頭のゴンドウが何やらくわえてるのに気付きました。見事な背ビレの成熟雄の口もとに、白っぽいモノが見え隠れするのです。さては魚でも食べてる途中かと、注意深く観察していると・・・、なんと、白っぽいのは、死んだ赤ちゃんゴンドウでした。
死んでから数日経ってるのでしょう、表皮はかなり白くなっていて、一部は皮膚が剥げかけてる状態です。目をつぶってる小さな顔も、はっきりわかります。
いったいなぜ、赤んぼうの死体をくわえたままで泳いでるのでしょうか。しかも、雄が。
oyako01.jpg赤ちゃんの死体を放さないお母さんイルカの話は、これまでに聞いたことがあります。子供の死がわからないのか、それとも、信じられないのか、懸命に死んだ子を泳がそうとしてる、なんて切ない例は、世界の数カ所で目撃されています。
でもでも、目の前のゴンドウは、確かに雄です。体が大きくて丸々した背ビレの、決してお母さんではない、成熟した雄です。つまりお父さんでもないはず、と言うか、お父さんかどうかは本人にもわからないはず、でもあるし、そもそも子育てに関与しない雄のクジラに父性愛はないはず・・・なのですが。
不思議に思いつつ見てる私たちの前で、やがてゴンドウたちは次々に潜っていきました。群れが姿を消した海に、あら、例の雄ゴンドウともう1頭だけが、潜らずに残っています。
残った彼らは、ふと泳ぐのを止めました。それから、そっと、赤んぼうの死体を口から放しました。
oyako02.jpg水面に浮かんだ赤ちゃんの死体を、少し離れたところから、じっと見守ってます。雄は動かずに、ただ静かに死体を見ていて、もう1頭のやや小柄なゴンドウが、その雄の横をゆっくり行ったり来たりしてます。
2頭が死体の前でとどまっていた数分のあいだ、船も停まり、船上の私たちも口をつぐんで、その様子を見ていました。誰もが、手にしたカメラのシャッターを切るのもやめてます。
ゴンドウもヒトも、それぞれが黙って赤んぼうを見守る、厳粛な雰囲気の数分間でした。
雄ゴンドウは、やがて、ゆっくりと死体に近付き、もう一度その口にくわえ直しました。そして、もう1頭を誘うように振り返ります。2頭は並んで静かに泳ぎ去り、私たちはそんな彼らを停まったまま見送ったのでした。
一連を見ていた船上の私たちは、皆、同じ印象を持ちました。そう、彼らの様子は、夫婦で早世した子供を悼んでいたとしか思えなかったのです。
普通、成熟雄が子供の死体をくわえてたとしたら、考えられるのは、群れの中で死んだ(もしくは殺した)他の雄の子を見せびらかして、自分の強さをアッピールしてる場合でしょうか。
でもでも、このときの雄には決して攻撃的な雰囲気はなく、むしろ、とても穏やかでした。
sunset01.jpgあのあと、雄ゴンドウは、何回か、赤んぼうを放そうとして、またくわえ直すことを繰り返したかもしれません。それでも、いつかは、さすがにあきらめるでしょう。それとも、あきらめがつく前に死体が崩れてしまうのでしょうか。いずれにしても、きっとそのときも2頭のゴンドウがやはり寄り添っていて、互いの傷みを分かち合い、無言で慰め合ったような、そんな幻想を抱いてます。
そんな馬鹿な、と、研究者には一笑に付されるのでしょうが、私自身はこのときの2頭のゴンドウの悲哀の感情を確かに受けとめて、彼らと共に、あの赤んぼうの死を悼んでいたのです。

2009年05月18日

★Tomocolumn 15「20年目のラブレター」★

fluke.jpg拝啓 ザトウクジラ様
あなたに初めて会った日から、早いものでもう20年もの月日がたってしまいました。忘れもしない、○年5月下旬のあの日、ダイビング帰りの船上で「クジラがいるぞ!」という船長の声。「え!?ク、クジラ??」「ここにぃ??」全く予想もしてなかった出来事にビックリして海を探すと、・・・何もいないじゃないの。あそこと言われても・・・やっぱり何にもいない。ようやく見えたのは、ちょっぴり海の上に出てるだけの黒い物体で、こんもりした島型でもなければ、潮吹きも二またに分かれた噴水型ではない!・・・これが、クジラ?大きさなんて、わからないじゃないの!!
思いがけない出逢いと姿に心底驚き、それが、あなたに興味を持つきっかけでした。
へーえ、マンガに出てくるクジラって、本物とは違うのか!
hwdorsal.jpg目から鱗で、それまで縁がなかったあなたについて、もっと知りたくなったのです。
父島に移り住んでからは、たまのチャンスをつかんでは海に出てあなたを探すけど、今のように数が多くもないし、なかなか見つけることができません。でも、それだけに、会えたときの喜びは格別でした。
最初のシーズン終わりに、ようやく撮った三枚の写真。それは、遠くに小さく小さく写った、あなたのフルークです。連写速度も遅いから、ベストというべきショットは一枚目と二枚目の間だったね、なんて笑いながらも、その写真を撮れたことが嬉しくて嬉しくて、それだけで、その次のシーズンまで幸せでいられました。
次のシーズンには、海の上に突き出したあなたの頭を見ることができました。黒く大きな頭の先にはたくさんのボツボツが付いていて、それもまた、驚きでした。
breach.jpgそのまた次のシーズンで、ようやく、念願のブリーチが見られました。カメラに収まったあなたは水しぶきをまとった白一色で、まるでお化けみたい。でもでも、これが噂のブリーチなのだ、なるほどなんて迫力ある姿かと、感激しきり。その喜びだけで、また、次のシーズンまでずっと、あなたへの思いを大切にしていられたのです。
あの頃、眼にしたあなたの行動のひとつひとつが、なんて貴重で、なんて思い入れがあったことか。
私自身の会いたい思いが高じて、そして他の人にもぜひあなたの魅力を知って欲しくて、そのあと、MAKOTOと共にウォッチングツアーを始めました。それからの毎日は、とにかく、いつでも海に出られてあなたに会えるのが嬉しくて!
hwpec.jpg日差しに輝くあなたの美しさ。立ち上がるブローの儚さ。翻るフルークのしなやかさ。ひらひらと舞う胸ビレの優美さ。潜っていくさまの鮮やかさ。飛沫を上げて争う激しさ。巨体が躍る力強さ。猛スピードで泳ぐ俊敏さ。子に寄り添う優しさ。歌にこもる切なさ。子クジラの愛らしさ。どれもこれもに、惹かれます。
シーズン初めには小笠原に帰ってきてくれたのが嬉しくて、シーズン終わりには去っていくのが淋しくて。あなたがいない間には、思い出を大切に暖めつつ、遠いあなたに思いを馳せて。今頃、あなたはどこでどんなことをしてるのだろう、なんて。
小笠原以外の海にも訪ねていきました。そう、あちこちであなたに会ってますね。アラスカ、カナダ、ボストン、オーストラリア、ドミニカ共和国、南極、トンガなどなど。海域ごとにあなたは異なる姿を見せてくれて、ますます魅力的です。
head.jpgもう20年もあなたのいろいろなさまを見ているのに、全く、あなたに飽きません。むしろ、会うほどにもっと会いたい。もっともっとあなたのいろいろな行動を見たい。
小笠原での近年のツアーでは、昔よりもあなたを見つけやすくなり、あなたからボートに近付いてくれることもしばしばです。お客様の中には、初めてのご乗船で、間近にアクティブな行動をご覧になってしまう方もいらっしゃいます。皆さまそれぞれが異なった印象をもち、ご自分だけの思い出を抱かれることでしょう。あなたへの感嘆の声を聞くたびに、まるで自分を褒められたように嬉しくなってしまう私です。
あなたの棲むこの海で、あなたを思って、私は幸せでいられます。
大好きな大好きなザトウ様、たくさんの喜びを有難う。また会いましょう。敬具
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2009年01月25日

★Tomocolumn14「トンガのクジラ物語」★

palm.jpg9月の研修で行ったのは、南太平洋の島国トンガです。ここに、冬の間、ザトウクジラたちが繁殖のためにやってきます。条件が揃えば、水中でザトウたちをウォッチすることもできます。
もちろん、水中ウォッチはいつでもできるわけではありませんし、いくつものルールも決まってます。一度に海に入れるのは乗客4人とガイドだけ、一つの群れには1時間半まで、一組の親子には一日4グループまで、などなど。海の中でも、クジラを追いかけたり潜ったりするのは禁止です。そっと海に入って、ザトウの邪魔にならないよう、水面からクジラをウォッチします。
出会ったザトウに泳げる確率は、20%くらいでしょうか。入っても、クジラがさっさと行ってしまえばそれきりですが、時には、のんびりしてるザトウをじっくり観察できることもあります。
dorsal.jpg小笠原と同じく繁殖海域のザトウとはいえ、姿や行動はいくらか異なってました。南半球なので、お腹やフルークの裏が真っ白なクジラが多いです。胴の横までペンキを塗ったように白いので、ボート上からも浮上してくるのを見つけやすいです。北半球のザトウより太ってますし、性格も穏やかなよう。メイティング集団でも、小笠原のように雄同士がヒレで叩いたり上にのしかかったりという、激しく争うさまは見ませんでした。
ウォッチを続けていたある日、こんな珍しい光景に出会いました。
ザトウの親子がメイティング集団に追い回されて、引き離されてしまったのです。
母親は集団に追われてどんどん泳いでいき、残された子クジラが、すでに1時間以上もたったひとりでいるとのこと。このままだと親子が一緒になれないかもしれないと、ウォッチングボートが協力してこの親子を合流させることにしたのです。
5隻のボートが集団の前に前にと回り込んで、それ以上沖に走らないように足止めします(通常は、クジラの前を横切る行為は禁止です)。
calf.jpg1隻が、子クジラの横にぴったりくっついて、少しづつ動くようにリードします。
私は足止めするボートのうち1隻に乗っていて、そんなうまくいくのかなと危ぶんでいたのですけど、やがてはるか遠くからボートが私たちに向かってきます。その横には、確かに子クジラのブローが。子クジラったら、のんきにブリーチを繰り返して遊びながらやってくるではないですか。
全ボートが、群れと子クジラを近付かせようと走ってコントロール。やがて、めでたく母親の隣に子クジラが確認できたときは、大きな歓声が上がりました! 
そして、しばらくはこのクジラたちをそっとしておこうと、全てのボートがその群れを離れていったのでした。
さて、この人間の行為が果たしてクジラたちのためになったのかそうでなかったのかは、実はわかりません。
オーストラリアでは、同様に迷子になった子クジラを、結局は安楽死させた例があるそうです。
cc.jpgハワイでは、1時間くらい離れていても、親が戻ってきた例もあるそうです。
もしかしたら、あのあと、集団が、また親子を引き離したかもしれません。
疑問も残りますし、異見もあるでしょうけど、ちょっと考えさせられる貴重な経験でした。
小笠原で同じことが起きたら、どうしようかしら・・・??
たぶん、人情としては、何かせざるを得ない気持ちになるでしょう。うまく行かないかもしれない、もしかしたらクジラにとっては迷惑かもしれない、でも、同様な対処をトライしてみるのではないかしら。
果たして正解は? ヒトは、どこまで自然界のできごとに積極的に関与して良いのでしょうか。
pec.jpg私たちのツアーでも、例えば南島へ上陸したとき、陰陽池で、方向を間違えて海にたどり着けなかった子ガメを見つけることがあります。このままだと、この子ガメはいずれ飢え死にするしかありません。さて、どうしましょう。
管理者の公式見解では、「そのまま放っておくべき」だそうです。人間がタッチすべきではない、ということでしょう。
でもでも、そう聞いてはいても、目の前に水面の藻に絡まってばたばたもがいてる子ガメを見たら、思わず手を差し伸べてしまいます。拾い上げて、扇池へ連れて行って放すのが、ヒトとしては自然の行為かと。
ヒトも自然界の一員であり、すでに何らかのかたちで否応なく互いに関わり合っているのだから、今さら、ここだけ手は出さないっていうのもどんなものでしょうか。
あのトンガの子クジラが、あのあとお母さんに連れられて、無事に南氷洋に辿り着いてるといいなあ。それが、正解を探して試行錯誤しながらも関わっていかざるを得ない、ヒトとしての私の願いです。


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2008年10月12日

★Tomocolumn13「外洋域を彩る鯨類」★

madarajp.jpgザトウウォッチングツアーやドルフィンスイムツアーでは父島列島沿岸域を走りますが、近年行われてるマッコウクジラを対象とするツアーでは、父島列島から10キロ以上離れた、水深1000メートルを越える外洋域まで行きます。
そこでは、ときに、沿岸域にはいない珍しい鯨類に会うこともあります。とりわけ初期は、どのクジラとも全く予期せぬ出逢いで、初めて見たときにはそれこそ何というクジラなのか、果たしてどういう行動をとるのかも知らず、驚きの連続でした。
例えば、マッコウを探してるとき初めて会った、小さめのクジラの群れ。10頭くらいいるでしょうか、相手も興味津々で、ボートに寄ってきます。私たちは、彼らがどんな姿をしてるのか、船上から目をこらします。うち1頭が、水面上に頭をぬっと出しました。その顔は・・・、「オバQじゃん!!(・・・古くてスミマセン)」。
kazuha.jpg丸いつるっとした頭(毛は3本なかったけど)、白くてぶ厚い唇、白い縁どりのなかにきょろっとした大きな眼。まるっきり、マンガのオバQです。
同乗してたOWA研究員の同意を得て、水中に入ってみます。海の中、彼らは少し離れてこちらをじーっと見つめています。眼が目立ち、白い唇は口角が上がって笑ってるよう。やがて、その笑顔のまま、彼らはすーっと青の深みに潜っていきました。
島に戻ってから、急いで図鑑を調べてみると、お!これだ、これだ!「ユメゴンドウ」という名前でした。「発見されてから1世紀も実在が確認されなかったため、夢のようなゴンドウの意味でつけられた」とか。まあ、そんな珍しいクジラに会えちゃったのね。小笠原では初確認だそうで、改めて、わくわくドキドキさせられます。
madara.jpgまた別のとき、イルカを見つけて海に入ると、その顔が、見慣れてるミナミハンドウともハシナガとも違っていて、ビックリ。いつものイルカたちはクチバシの付けねに分かれ目がはっきりしてるのに、このイルカはまるで、顔の先をペンチでぐーーーっと引っ張ってそのままになっちゃった、みたい。細長く尖ってて、分かれ目もありません。体には、ボツボツと白い傷のような汚れのようなものがたくさんついてます。相手のイルカも、水中で縦になって、不思議そうにこちらを観察してます。互いに、「変な顔!」って思ってるところでしょう。これも、戻ってから図鑑で調べると、「シワハイルカ」というイルカでした。「歯にシワがあるから」だそうで、さすがに歯まではわかりませんでしたが、とにかく、とても印象的な顔つきでした。
他の日の、遠くからジャンプしつつ近付いてくるイルカの大群。船首波に乗る姿はミナミハンドウよりもシャープで、ハシナガよりも大きい。クチバシの先は白く、日を浴びて胴の水玉模様がきらきら光ります。ジャンプの高さ、泳ぐ速さ、数の多さに圧倒され、見てるだけで楽しくなっちゃう彼らは、「マダライルカ」でした。
kobire.jpgまたは、丸々こんもりと盛り上がった背ビレが特徴的で、波を蹴立てるように泳ぐ、重量感のある「コビレゴンドウ」。
ユメゴンドウに似てるけど、頭の先が角張っていて、もっと神経質な「カズハゴンドウ」。
かと思うと、もっと細長くて、大きさのわりに華奢な印象の「オキゴンドウ」。
ミナミハンドウよりひと回りでかく、迫力もひとしおの「ハンドウイルカ」。
シャイで、決して船には寄らないけど、お腹をピンク色に染めながら、まとまってぴょんぴょん波の上をはね回る、きれいな「サラワクイルカ」。
白かったり赤かったり茶色がかったり、体色に個体差のある「アカボウクジラ」。
警戒してすぐ去ったくせに、また、改めて様子を見にやってきた「コブハクジラ」。
船の周りをまるでワープしてるように、こちらと思えばもうあちら、猛烈な速度で泳ぎ回る、アグレッシブな「シャチ」。
sarawaku.jpgどれもこれも、会うたびに大きな驚きと喜びがありました。図鑑や文献で姿や生態を確かめては、自分たちの心のノートに記録していきます。
外洋で遭遇するのは、クジライルカに限りません。「オサガメ」は、ボート上から見ていたMAKOTOに言わせれば、泳いで近付いた私の頭の先からフィンの先までと同じ大きさだったそうで、小笠原海域で写真に撮られたのは初めてでした。
「ダイオウイカ」の5メートルにもなる触腕や2メートル近い外套膜は、回収して、研究者に供してます。
いっぽう、「カンテンダコ」は、持ち上げようとするとぐずぐず崩れてしまいます。
何に会うか解らない外洋域、何に会っても不思議はない外洋域。さて、次はどんな珍しい生きものとの出逢いがあるか、まだまだ楽しみと謎の尽きない海域です。
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2008年05月29日

★Tomocolumn 12「マッコウウォッチのあけぼの」★

20_05.jpg今、小笠原でホエールウォッチというと対象はザトウクジラとマッコウクジラが当たり前になってますが、マッコウはザトウよりウォッチ歴が新しいです。
88年から始まったザトウウォッチに続いて、果たして他の鯨種のウォッチが可能かどうか、OWAを中心に調査が行われてました。最初に調べられたのは、捕鯨の対象になっていたニタリクジラ。でも彼らの生息域は父島から日帰りでは行けないくらい遠く、ツアーは成り立たないと判明しました。
次に候補となったのが、マッコウクジラです。彼らのウォッチツアーの可能性を探るため、何度も何度も調査が行われました。Sea-Tacでは、これらの調査にたいへん積極的に(何しろ、スタッフ自身が見たい一心ですもの)協力してました。
20_02.jpgそれにしても、いったいどうやってマッコウを探せばいいのか。誰も見たことがないので、文献と首っ引きで方法を模索しました。水深1000メートル以上の海域にいるとわかり、そのあたりをとにかく走り回ります。ブローらしきものを、探して、探して、探して。数名の調査員が交代で海上に目をこらします。ゴンドウを見たりマダライルカに会ったりするけど、何日たっても、マッコウにはなかなか会えません。
そんな私たちが、初めてマッコウクジラを見つけたときの感激といったら!「あれ!ブローじゃないか!」「お!そうだそうだ、きっとブローだ!」「あ、本当に斜めに上がってる・・・!!」。ザトウほど高くなく、でも確かに斜め45度の角度で上がるブロー。近づいて見たマッコウは、なるほど、鼻の穴が左前にひとつだけ開いてるではないですか!ザトウとは違って体の幅が狭いから、水面上に現れる部分が細くて電柱みたいなこと、いったん浮上すると何回も何十回もブローすること、潜ってしまうと30分も1時間も出てこないこと。初めて知る何もかもが、驚きです。
20_01.jpg水中にマイクを入れてみると、聞こえてくるのは・・・??? 何、この音は?何かの機械??カチカチという音は、ザトウのソングとはまったく違います。でも、ひとりが「そういえば、マッコウの出す音はクリックというらしい。これがそうなのではないか?」といいだし、他のメンバーは、へーえ!と感嘆しきり。こんな音を生きものが出すのか・・・と、半信半疑でもあります。
相手のマッコウも、私たちのボートに驚き、興味津々でした。たぶん、これまでこの海域を走るのは漁船や貨物船ばかりで、10メートルくらいの船が、しかも近くで停まるなんて経験はなかったのでしょう。代わる代わる、船をチェックにやってきます。水面上に丸い頭を突き出しては、あっちに向けたりこっちに向けたり、音をぶつけて調べてます。調べられてる私たちは、その黒く丸い頭に喜んだり、音を当てられてちょっと緊張したり。また、その大きな体を横にして、船の周りを泳いでその目でこちらを見上げてます。まさに図鑑で見るマッコウクジラの四角い全身が、水面下にはっきりと観察できます。身体の表面には、深いしわが何本も走っています。そのうち、好奇心の強い一頭が、ボートの後ろのステップに体をこすりつけてきました。私たちは、デッキの上からその体をぺたぺたと触れちゃいます。
20_04.jpgこの時期の、ヒトとマッコウとの、お互いに驚きと感動を伴った交歓の楽しさは忘れられません。マッコウたちも、私たちとの遭遇を大いに面白がっていたはずです。決してコンスタントには会えないぶん、彼らに逢えたときの喜びは格別で、その一挙手一投足 、じゃない、一挙ヒレ一投ヒレにいちいち、感嘆、喜び、興奮したものです。
ある日など、海に架かる虹の下をくぐって(ように感じた)行った先の海域で、めくるめくマッコウクジラとの出会いがあり、また帰りに虹をくぐったとき、ああ、あれは夢の中の出来事で、父島に戻ったらカメラの中のフィルムは煙と化すのではないかしら、と半ば本気で思ったものでした。
そんな試行錯誤と観察の日々を重ね、初期のマッコウ遭遇率は30%以下でしたが、独自にマッコウを探し続けたSea-Tacが、父島南東海域にあるマッコウポイントを確認したあと、多くのショップがマッコウツアーを始めました。今では、ごく普通にマッコウウォッチが行われ、とりわけ秋の遭遇率は高いです。
でも、ツアーが増えるに従って、マッコウたちはボートへの興味を失い、生息域も次第に沖へ動いています。つくづく、クジラと私たちは大きく影響し合ってると感じます。この先のマッコウと私たちの関係がどうなるか、はじめの頃の感動を忘れずに、注意深く観察し続けていくつもりです。