ご存じでしょう、小笠原沿岸域で見られるザトウクジラたちは、冬から春にかけて何も食べていません。彼らは、夏のあいだに、アリューシャン列島近海でオキアミやニシンを採餌しています。外洋域では、マッコウクジラがダイオウイカをくわえたり囓ったりするのを目撃しています。ダイオウイカ以外にも深海性のイカなどを食べてるのだろうと想像されます。
それでは、イルカはいったい何を食べているのでしょう?
ハシナガイルカは、どうやら、夜、沖で餌を追っているようです。餌となってるのは、夜のあいだに深みから浮いてくるイカやサカナでしょう。明け方には採餌を終えて岸近くに戻り、日中は穏やかな入り江で休憩しています。午後になると、ハシナガたちの動きは徐々に活発になり、やがてまた、餌を捕るために沖へ泳いでいきます。
では、ミナミハンドウイルカはどうでしょう。彼らは、ハシナガのような日周行動はとりません。いったい、いつ、どこで、何を食べているのでしょうか。小笠原ですでに20年も彼らと付き合ってきましたが、実はまだ、その食性はよくわかっていません。私たちも、彼らが何かを食べるところに遭遇することはあります。ドルフィンスイムツアー中、ときどき、何やらしきりに下を探すそぶりをするイルカがいます。何かいるのかしらとその横に並んで下を見ても、青い海の中には何も見えません。でも、そんなイルカがさーっと真っ直ぐ潜っていくと、次に上がってきたときにはサカナをくわえてます。私たちの耳には聞こえなくても、きっと音を出してエコロケーションでサカナを見つけていたのでしょう。
イルカは、わざわざ下からくわえて持ってきたサカナを、まるで私たちに見せつけてるようです。そのサカナを水中でちょっと放してみては、ふらふら泳ぐのを追いかけてくわえ直す、なんて、数回繰り返してます。2頭のイルカが、交互に、逃げるサカナを追いまわすこともあります。やがて、そんな遊びに飽きると、がしがしと噛みきって真っ二つにして、飲み込みます。
餌となってるのはハギが多いです。動きが鈍くて、つかまえやすいのでしょうか。そのハギを、ふたつに噛みきるだけでなく、見事に皮をむいて食べることもあります。皮は美味しくないの?刀をくわえてる!?と驚かされたときのサカナは、ダツでした。銀色に輝く長い胴を、イルカが真横にくわえていたのです。鋭く尖った口先を噛み落としてから食べるのだろうという予想に反して、そのまま口先から飲み込んでしまいました。あんな長いものが胃の中に刺さらないのだろうかと、見ていて心配になったくらいです。それにしても、イルカがそんなふうにサカナを捕まえて、時間をかけて食べるさまは、どうも遊び半分のようです。たぶん、彼らにとってはせいぜい「おやつ」程度なのでしょう。「食事」にしては、運動量のわりに餌の量が少なすぎるのではないかしら。
いかにも「食事」らしいのは、トビウオを捕食してるときのイルカたちのさまです。トビウオが、水面上を飛んで逃げてます。その真下の水面下を、仰向けになったイルカが空中のトビウオを見ながらぴったりついて泳いでいきます。力尽きたトビウオが着水したところを、ぱくり。必死に逃げるトビウオが、飛びながら右へ左へとカーブを切っても、イルカはゆうゆうとその真下を泳いでついていきます。なんという正確さ。飛翔の名人のトビウオとはいえ、いつかは着水しなくてはなりません。どんなに長く飛び続けても、やがては下で待ち構えるイルカの口へ落ちていきます。なんという非情さ。あっちでもこっちでも、飛ぶトビウオと追うイルカたちが見えます。彼らがあげる白い水しぶきと水面を横切る黒い背ビレで、海が沸き立つようです。その騒動に、カツオドリも集まってきます。彼らもまた、空中のトビウオを目指して、素早く突っ込みます。その動きもまた、お見事。追っていたトビウオを横からカツオドリにさらわれて、やむなく急ブレーキ、また別のトビウオを探しはじめるイルカもいます。空と海の両方から狙われるとは、トビウオにとってなんて厳しい状況でしょう。
食い気がたってるイルカたちの動きは敏捷かつ獰猛で、いかにも肉食獣です。いつものあの、優しい眼をしてのんびり泳いでるイルカからは想像もつかない姿です。うかうかとヒトが水中に入ったら、目もくれないどころか、邪魔だっ!とぶつかってくるでしょう。でも、これこそが、彼らのあるがままの、そして何より生きるすべとして必要な食事の光景です。彼らは、水族館でトレーナーの言う通りに動いて口を開けていれば(死んだ)サカナが手に入るわけではありません。この海で、自らの体力と知力を使って餌を捕まえなければ、自身が飢えてしまうのですもの。生きていけないのですもの。もちろん、餌となるサカナたちのほうだって、途中から参戦してくるトリたちだって自分が生きるのに必死です。まさに、食うか食われるか、です。私たちは誰の応援もできず、ただただ圧倒されて命を賭けた戦いを見守るだけです。
そしてきっと、私たちが知らないところで、実は別の餌をもっとたっぷり食べているのだろうイルカたち、その姿はもっともっと厳しく激しいものなのかもしれないと、想像をたくましくしているのです。(TOMOKO)
無線をくれたダイビングボートはいますが、ブローは見えません。近くまで行って、ようやく、1頭のザトウクジラの背中を確認できました。でも、動きがおかしい。どうしたのだろう? ん? 誰かがクジラの横で泳いでる? 何をしてるの??
泳いでいたクジラはやがてほとんど停まりましたが、すぐ横まで行くと、ときに胸ビレで叩くような仕草をするので、油断できません。私たちが何をしようとしてるのかわからず、かえって怯えてるのかもしれません。
次の浮上をしばらく待ったのですが、50分待っても現れません。後ろ髪を引かれながら、私たちはその場を離れました。
漁網が絡まったクジラやイルカの話はこれまでにも聞いたことがありますが、うまく外してやれた例は寡聞にして知りません。身動きがとれずにパニクっているクジラやイルカに寄るのは、大変危険でもあります。今回のザトウの場合は、かなり弱っていたからこそできたことです。それでも、最初は、近付こうとするとぐるぐる水面でのたうち回って嫌がったそうです。にもかかわらず、網を切るのをあきらめなかった最初のボートのスタッフに、敬服します。
小笠原の海では、今日も多くの生きものが子育て中です。
ベビーは、まだ呼吸するのもへたくそです。四角い頭を海面に突き出して、上下に揺らしてリズムをとりながら呼吸してます。鼻の穴だけを水面上に出す、効率的なアダルトの呼吸のしかたとは全く違います。
オトナのマッコウが潜っている時間がどれくらいか、ご存じですか?クジラにもよりますが、だいたい30分から1時間です。彼らが海の深みに辿り着くだけで、10〜15分かかります。そこで餌となるイカなどを追い、首尾よく食べられても食べられなくても、また浮上に10〜15分かかります。水面で待っていた子どもと合流し、呼吸を整えながら授乳します。そしてしばらくすると、また餌を探しに潜っていきます。
母さんを待つ間、水面の子クジラは、ぷかぷか浮いてたりばちゃばちゃ泳いだり、不規則な動きです。ずーっと様子を見てると、やがて、まっしぐらに泳ぎはじめます。一方向に向かって、頭を上下させながらどんどん泳いでいきます。さてはそっちにお母さんが浮いてくるのかと船がついていくと、果たして!気が付くと、お母さんマッコウが子クジラに寄り添っています。子クジラは、荒い呼吸を繰り返すお母さんの隣にいたかとも思うと、ふっと消えて、お母さんの下に潜りこんでます。きっと夢中でおっぱいを飲んでいるのでしょう。
もし、子クジラに危険が迫っても、お母さんはすぐ子クジラを助けに来ることはできません。海面の子どもと海底のお母さんが音を出して会話してるとしても、子クジラの悲鳴を聞きつけたお母さんが浮上してそばに行くまで10分はかかるのですもの。「獅子は子を千尋の谷に突き落とす」と言いますが、マッコウは、子を置いて、自らが千尋の海底に下りていくのです。しかも一回きりでなく、日に何度も何度も。それは、ある意味では、突き落とすよりもっと辛いことかもしれません。とはいえ、あらためて思えば、野生の生きものは、マッコウに限らず、それぞれがハードな環境で子どもを育てているものです。子を置いて親がエサをとりに行くのも、よくあることです。それでも無事に子育てできる確率が高いから、その種は今でも存続しているのでしょう。
Bonin Blueに輝く海でイルカと戯れる、夢のようなひととき・・・。
そう、イルカは決して特別な動物ではなく、フツーの生きものなのです。だから、過剰な思い入れを捨て、フツーの生きものとして接してください。
「え〜、だって、イルカは人間じゃないもの」。じゃあ、犬を想像してください。知らない大きな犬(それこそ自分より大きくて、引き紐もついてない犬ですよ!)に道でばったり会ったら、いくら犬好きでもいきなり「カワイイ〜!」って行かないでしょう?「この犬は噛みつくかしら?」って、距離をおいて見ますよね。その犬が優しそうな表情で尻尾を振ってたら、安心して近づくかもしれないけど、険しい表情で唸ってたら、刺激しないよう、ゆっくり回れ右するでしょう。餌を食べてたり道ばたで寝てたりなら、そーぉっと横を通過するかもしれない。犬じゃなくて、猫だったら?・・・おっと、そんな大きな猫って、つまりは虎じゃないですか。やはりむやみに近付かないですよね。
「なぁんだ、だったら、水族館の方がよっぽど簡単に近くでイルカを見られるじゃないの」。ハイ、その通りです。イルカをただ見るだけなら、水族館をお勧めします。
水中を一緒に泳いでいて、あ、もう息が続かない、というとき、それを察したイルカのほうから、まるでリードするように浮上していきます。そのまま並んで同時に水面で一息し、そして寄り添ったまままた潜っていく。イルカは私より長く息が続くのに、こちらの様子を感じて合わせてくれるのです。きっと、子イルカと泳いでるときもそうしてるのでしょう。イルカと気持ちを合わせてきれいにシンクロして泳ぎ続けられるときの幸せな気持ちといったら!このまま、いつまでもどこまでも泳いでいけそう。まさに、時間が止まります。
小笠原は野生のイルカに会える海で、彼らを目的とする観光客が大勢いらっしゃいます。でも、この海では、ずっと昔から今のようにイルカと泳げていたわけではありません。
で、何しろダイバーですから、海の中でイルカを見たいと飛び込むようになりました。でも、ジャイアントストライドで入っても、びっくりしたイルカはあっという間に逃げ去ります。いつも、先着1名か2名が逃げ去るイルカを一瞬見られるだけでした。それでも、見られた人は大はしゃぎ。他の人たちの羨望のまなざしを受けたものです。なので、この時期は、イルカを見つけたらとにかくさっさと準備して、ボートから飛び込む先頭に立つのが肝心だったものです。
はじめは水中でヒトという見慣れない生きものを警戒して遠くを泳ぎ去ってたイルカたちも、やがて、所詮、ヒトはイルカに追いつけないとわかったようです。一目散に逃げるのではなく、横目でヒトを見ながらそのまま泳いでくれるようになりました。または、こちらの泳ぐ速度をはかりつつ、追いつけそうで追いつけない距離を保ったり、後ろから脇を追い抜いていったりと、ヒトをからかう面白さも覚えたようです。そのくせ、いざ逃げるとなったら、あちらに向かうふりをしつつ、潜って方向転換して猛スピードで泳ぎ去る、なんてフェイントも使います。ときに、好奇心の強いイルカが近づいてくることもありました。こちらが上手くそれに合わせると、一緒に並んだり水中で廻ったりもできます。彼らも、ヒトとのスイムを楽しんでくれてるのでしょう。
イルカとヒトとは姿形も違えば言葉も通じませんけど、じっと眼と眼を合わせると、互いの気持ちが伝わります。楽しそうに笑ってたり、興味深そうに観察してたり、不機嫌なのをガマンしてたり。こちらも、自然に相手の状況に合わせた行動をとるようになります。
そんな小笠原ですが、年と共にツアーボートもお客さんも増えて、スイム事情もまた変わってきました。ある意味では、以前よりイルカをウォッチしやすくなりました。ヒトやボートの動きを覚えて、必要以上に警戒することがなくなってます。水中でヒトを見ても、ああ、またこいつらか、と逃げずにいるので、近くで見やすくなったのです。
クジライルカ類はおおむね母系集団だということは、きっと皆さん、ご存知でしょう。
某日、私たちの乗った船はコビレゴンドウの大きな群れに囲まれました。全部で数百頭いるでしょうか、アダルトもヤングもいて、それぞれが船の前やや後ろをゆうゆうと泳いでいきます。
赤ちゃんの死体を放さないお母さんイルカの話は、これまでに聞いたことがあります。子供の死がわからないのか、それとも、信じられないのか、懸命に死んだ子を泳がそうとしてる、なんて切ない例は、世界の数カ所で目撃されています。
水面に浮かんだ赤ちゃんの死体を、少し離れたところから、じっと見守ってます。雄は動かずに、ただ静かに死体を見ていて、もう1頭のやや小柄なゴンドウが、その雄の横をゆっくり行ったり来たりしてます。
あのあと、雄ゴンドウは、何回か、赤んぼうを放そうとして、またくわえ直すことを繰り返したかもしれません。それでも、いつかは、さすがにあきらめるでしょう。それとも、あきらめがつく前に死体が崩れてしまうのでしょうか。いずれにしても、きっとそのときも2頭のゴンドウがやはり寄り添っていて、互いの傷みを分かち合い、無言で慰め合ったような、そんな幻想を抱いてます。
拝啓 ザトウクジラ様
目から鱗で、それまで縁がなかったあなたについて、もっと知りたくなったのです。
そのまた次のシーズンで、ようやく、念願のブリーチが見られました。カメラに収まったあなたは水しぶきをまとった白一色で、まるでお化けみたい。でもでも、これが噂のブリーチなのだ、なるほどなんて迫力ある姿かと、感激しきり。その喜びだけで、また、次のシーズンまでずっと、あなたへの思いを大切にしていられたのです。
日差しに輝くあなたの美しさ。立ち上がるブローの儚さ。翻るフルークのしなやかさ。ひらひらと舞う胸ビレの優美さ。潜っていくさまの鮮やかさ。飛沫を上げて争う激しさ。巨体が躍る力強さ。猛スピードで泳ぐ俊敏さ。子に寄り添う優しさ。歌にこもる切なさ。子クジラの愛らしさ。どれもこれもに、惹かれます。
もう20年もあなたのいろいろなさまを見ているのに、全く、あなたに飽きません。むしろ、会うほどにもっと会いたい。もっともっとあなたのいろいろな行動を見たい。
9月の研修で行ったのは、南太平洋の島国トンガです。ここに、冬の間、ザトウクジラたちが繁殖のためにやってきます。条件が揃えば、水中でザトウたちをウォッチすることもできます。
小笠原と同じく繁殖海域のザトウとはいえ、姿や行動はいくらか異なってました。南半球なので、お腹やフルークの裏が真っ白なクジラが多いです。胴の横までペンキを塗ったように白いので、ボート上からも浮上してくるのを見つけやすいです。北半球のザトウより太ってますし、性格も穏やかなよう。メイティング集団でも、小笠原のように雄同士がヒレで叩いたり上にのしかかったりという、激しく争うさまは見ませんでした。
1隻が、子クジラの横にぴったりくっついて、少しづつ動くようにリードします。
ハワイでは、1時間くらい離れていても、親が戻ってきた例もあるそうです。
私たちのツアーでも、例えば南島へ上陸したとき、陰陽池で、方向を間違えて海にたどり着けなかった子ガメを見つけることがあります。このままだと、この子ガメはいずれ飢え死にするしかありません。さて、どうしましょう。
ザトウウォッチングツアーやドルフィンスイムツアーでは父島列島沿岸域を走りますが、近年行われてるマッコウクジラを対象とするツアーでは、父島列島から10キロ以上離れた、水深1000メートルを越える外洋域まで行きます。
丸いつるっとした頭(毛は3本なかったけど)、白くてぶ厚い唇、白い縁どりのなかにきょろっとした大きな眼。まるっきり、マンガのオバQです。
また別のとき、イルカを見つけて海に入ると、その顔が、見慣れてるミナミハンドウともハシナガとも違っていて、ビックリ。いつものイルカたちはクチバシの付けねに分かれ目がはっきりしてるのに、このイルカはまるで、顔の先をペンチでぐーーーっと引っ張ってそのままになっちゃった、みたい。細長く尖ってて、分かれ目もありません。体には、ボツボツと白い傷のような汚れのようなものがたくさんついてます。相手のイルカも、水中で縦になって、不思議そうにこちらを観察してます。互いに、「変な顔!」って思ってるところでしょう。これも、戻ってから図鑑で調べると、「シワハイルカ」というイルカでした。「歯にシワがあるから」だそうで、さすがに歯まではわかりませんでしたが、とにかく、とても印象的な顔つきでした。
または、丸々こんもりと盛り上がった背ビレが特徴的で、波を蹴立てるように泳ぐ、重量感のある「コビレゴンドウ」。
どれもこれも、会うたびに大きな驚きと喜びがありました。図鑑や文献で姿や生態を確かめては、自分たちの心のノートに記録していきます。
今、小笠原でホエールウォッチというと対象はザトウクジラとマッコウクジラが当たり前になってますが、マッコウはザトウよりウォッチ歴が新しいです。
それにしても、いったいどうやってマッコウを探せばいいのか。誰も見たことがないので、文献と首っ引きで方法を模索しました。水深1000メートル以上の海域にいるとわかり、そのあたりをとにかく走り回ります。ブローらしきものを、探して、探して、探して。数名の調査員が交代で海上に目をこらします。ゴンドウを見たりマダライルカに会ったりするけど、何日たっても、マッコウにはなかなか会えません。
水中にマイクを入れてみると、聞こえてくるのは・・・??? 何、この音は?何かの機械??カチカチという音は、ザトウのソングとはまったく違います。でも、ひとりが「そういえば、マッコウの出す音はクリックというらしい。これがそうなのではないか?」といいだし、他のメンバーは、へーえ!と感嘆しきり。こんな音を生きものが出すのか・・・と、半信半疑でもあります。
この時期の、ヒトとマッコウとの、お互いに驚きと感動を伴った交歓の楽しさは忘れられません。マッコウたちも、私たちとの遭遇を大いに面白がっていたはずです。決してコンスタントには会えないぶん、彼らに逢えたときの喜びは格別で、その一挙手一投足 、じゃない、一挙ヒレ一投ヒレにいちいち、感嘆、喜び、興奮したものです。