2012年05月30日

★Tomocolumn 23「ノッチ恋しや」★

bn0051-1.jpg小笠原のミナミハンドウのうち、格別に思い入れのあるイルカが、「ノッチ」です。
ノッチのことは、ベビーの頃から見続けてきました。というか、ベビーから識別できてるのは、ノッチだけです。たいていのベビーはつるつるお肌がキレイで傷もなく、個体識別の手がかりがないからです。ところがノッチに限っては、生まれたときから体の特徴がありました。
彼女(そう、ノッチは雌です)に初めて会ったのは、もうかれこれ10年以上も前になります。
今でもよく覚えてます。ミナミハンドウの群を見つけて水中へ入ると、まだ小っちゃなベビーのクセに、ヒトに興味を示してまっすぐ近付いてきたのです。くるくるといっちょ前に回って遊びます。やがて群と共に泳ぎ去っても、次にボートで回り込んで水中に入ると、またまっしぐらに近付いてきます。私たちが入るたびに、母さんから離れて、群の先頭を切って寄ってくるベビー、なんて好奇心旺盛なのでしょう。普通だったら、まだお母さんにぴったりくっついて泳いでる時期なのに。
bh9301-2.jpg「あの子、可愛いね」「遊び好きだね〜」、そんなことを言い合って、さてもう一度、と入ってみたら、あれれ?どこへ行ったのかしら?寄ってこないよ?
捜してみると、あらまぁ、母さんイルカのお腹の下でおっぱいを飲んでます。たくさん泳いで、さすがにお腹が空いたのでしょう、しっかりおっぱいをくわえたまま母さんに引っ張られてるのだけど、でも、大きな眼がこちらをじーっと見てて、うーん、もっと遊びたいのに〜、と言ってるみたい。「うん、わかったよ、いっぱいおっぱいを飲んで、また今度遊ぼうね」。そう言って別れたときに背中の切れ込みを確認、このベビーをノッチと名付けました。
bn9835-3.jpgそれ以後、ノッチといったい何回会ったことでしょう。ベビーの頃はまだヒトとの遊び方がわからず自分のペースで泳ぐので、その早さに私たちが置いてけぼりを食うこともありました。少し大きくなると、ヒトのペースに合わせるのを覚えてくれて、ずいぶん長い時間一緒に泳ぎました。もっと大きくなったら、私とノッチが遊んでるところへ寄ってきた年下のベビーに、すっと順番を譲るようになりました。私はノッチと遊びたいのになぁと思うのだけど、でもノッチの気持ちを尊重して、そのベビーと遊んだものです。ノッチ、お姉さんになったのねぇと、感慨にふけりながら。
ヒトが大好きなノッチったら、例えば、イルカの群れが今はイヤよと船を避けて深みでじーっと隠れてるのに、うーん、遊びたい、もう、ガマンできない!とひとりで浮上して来ちゃいます。おかげで、他のイルカたちがいるのもばれてしまった、なんてこともあり、ノッチ、私たちは嬉しいけど、あなた、他のイルカに虐められるのじゃないの、と心配したり。実際、好奇心が強いノッチは怪我も多くて、ずいぶんハラハラさせられました。
bn9837-4.jpgそんなノッチも、やがて、オトナになってお腹が大きくなりました。ある日、泳ぎながら体をくの字に曲げて、「ぴ〜〜〜っ」と悲鳴を上げてたノッチ。その生殖孔から何やら出てきてる? もしや、出産!? だとしたらぜひとも見届けたいところだけど、いっぽう、万一にも私たちが追うことによって難産になってしまうのだけは避けたく、無事を祈りつつ、離れました。
そして、その次に会ったときは、果たして、ベビーを連れてました。ノッチの子ならさぞかし遊んでくれるかと期待したけど、どっこい、このベビーは男の子だったせいか、とても神経質でした。そのぶん、ノッチもベビーをかばってヒトを避けるようになってしまったのは、残念でした。
その子が独り立ちしたあと、次に生まれたベビーは女の子で、こちらは母親譲りの遊び好き。ノッチと親子揃って遊んでくれることもしばしばで、大いに楽しませてもらいました。大勢のヒトが一緒に水中に入っても、まっすぐ私めがけて泳いでくるノッチに、もしかしたら私のことがわかってるのかしら、なんて喜んだりもして。
bn9933-5.jpgそんなノッチですが、実は、ここ数年、会っていません。どうしたのだろう、と思っていたら、何と、伊豆の鳥島でノッチが目撃されました。小笠原から北へ400キロ以上行ったところです。どうして?好奇心旺盛のノッチだけど、それにしても、そこまで行かなくても・・・。
なぜ小笠原を離れたのかわかりませんし、また戻ってきてくれるのかもわかりません。この移動でイルカ研究者の中ですっかり有名になってしまったノッチ、この先、どこで目撃されるのでしょうか。
ねぇ、ノッチ、あなたに会えなくて淋しいな。生まれ故郷に戻っておいで。そして、また一緒に遊ぼうよ!(TOMOKO)
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2011年11月27日

★Tomocolumn 22「 子ガメの冒険」★

gt292-2.jpg今年もたくさんのアオウミガメの赤ちゃんが小笠原の砂浜で生まれ、大海原へ旅立ちました。たった5センチしかない小さなカメたちの長い長い冒険の旅は、まさに始まったばかりです。赤ちゃんガメは、真っ黒で、オトナよりもヒレが長く、そのヒレの縁はレースのように白くギザギザで、眼も大きく、とても愛らしいです。前ビレを大きくバタバタ動かすさまは、ゼンマイ仕掛けのオモチャみたい。
ある夜、そんな赤ちゃんガメが、砂の中の産卵巣から地表目指して上り始めます。兄弟たちと力を合わせて、少しづつ上り、広々とした砂浜に初めて顔を出したとき、初めて嗅ぐ空気の冷たさや広がりをどのように感じるのでしょう。よっこらしょと体全体を砂の上に現したら、暗がりでもぼんやり明るく見える海を目指します。水の匂いもするかもしれません。ちょっと歩いては停まり、首を伸ばして、行き先を大きな眼でじーっとしばらく見つめます。そして、頭を戻して、またせっせと歩きつづけます。
gt051-3.jpg石に乗り上げてひっくり返ったりふらついたりしながら、海の方向に進みます。ようやく水際まで辿り着くと、寄せる波に揉まれつつ、深みに向かいます。いざ泳ぎだすと、小さいクセに、あんがい早いです。力強くヒレを掻き、ぐいぐい進みます。頭を水面上にもたげて呼吸をひとつし、また頭をつけて泳いでいきます。水面に黒くて丸い頭がひょこんと出る、その位置が浜からどんどん遠ざかっていきます。広い海で、頼りないくらいになんて小さな頭でしょう。こんなちっちゃなカメに、これからどんな試練が待ってるのでしょうか。
赤ちゃんガメにとっての長旅は、ごくごく厳しいものです。大きなサカナや海鳥につかまってしまうかもしれません。何より大きな問題は、カメにとっての餌です。体力のあるうちに餌となる流れ藻に辿り着けなければ、生き延びられません。どうやら、99%の稚ガメが、運に恵まれず餓死してしまうようです。それにそもそも、どうして進むべき方向がわかるのでしょう。ウミガメは地磁気の変化を感じる能力があるそうですが、何らかの理由でそれが少しでも狂ってしまう可能性はないのでしょうか。広い海の中でルートを失ってさまよい、やがて体力が尽きるカメも多いだろうと想像されます。
gt059-4.jpg実は、アオウミガメが無事にオトナになれる確率は、400〜500頭に一頭とも、もっと少ないとも聞きます。なんて低い確率でしょう。でも、だからこそ、お母さんガメは100〜150個もの卵を一夏に4〜5回も産み落とすのでしょうけど。
運良く1000キロもの距離を越えて本州沿岸まで行くことができれば、稚ガメはようやく豊富な餌にありつけます。そこでゆっくり成長し、10〜20年経って1mもの大きさになると、さて、今度は生まれ故郷の小笠原へ帰る旅です。赤ちゃんの頃に比べれば、少しは容易になってるのでしょうか。
暖かい小笠原沿岸に帰ってくると、ここで交尾や産卵をして、また本州へ向かいます。そのあとの一生、この長い旅を繰り返します。
夏のあいだ、南島の砂の上で、扇池まで行き着けなかった稚ガメを見つけることがあります。かろうじてまだヒレを動かしてるカメもいれば、すでに息絶えてひからびてるカメもいます。生きてるカメは、水辺まで連れていきます。そのときは、なるべく扇池のアーチの外で放します。浜からそのまま海に放すと、すでに方向感覚を失ってる稚ガメが、また浜に戻ってきてしまうからです。
gt309-5.jpg残念ながら死んでいるカメには、せめてもと解説の題材になってもらいます。リクガメと違って手足がヒレに進化してること、親指の爪が外からも見えること、首は引っ込まないこと、卵の殻を内側から割るために鼻先が尖ってること、などなど。言葉だけではなく、小さなカメを実際にご覧になりながらのほうがわかりやすく、また、その動かぬ姿にカメの生息環境の厳しさも感じていただけるようです。
以前には、海洋センターの孵化場で孵った稚ガメを、夕方に砂浜で放流していました。夕日を浴びて100頭もの小さなカメたちが一斉に海を目指して歩いて行くさまは、心楽しいものでした。前後しながら全員が海に入ると、あっという間に、沈みつつある太陽の方向へと泳ぎ去ってしまいます。一頭でも多くのカメが小笠原に戻ってきますように。そう願わずにはいられない、子ガメたちの旅立ちでした。
最近はそんな夕方の光景は見られなくなりましたが、私たちの見ていない夜中、同じようにカメたちは動いているはずです。そして、まさに今も旅の途中にいるであろう赤ちゃんガメたち、どうか小笠原でまた会えますように。(TOMOKO)
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2011年06月13日

★Tomocolumn 21「イルカのごはん」★

21-1.jpgご存じでしょう、小笠原沿岸域で見られるザトウクジラたちは、冬から春にかけて何も食べていません。彼らは、夏のあいだに、アリューシャン列島近海でオキアミやニシンを採餌しています。
外洋域では、マッコウクジラがダイオウイカをくわえたり囓ったりするのを目撃しています。ダイオウイカ以外にも深海性のイカなどを食べてるのだろうと想像されます。
それでは、イルカはいったい何を食べているのでしょう?
ハシナガイルカは、どうやら、夜、沖で餌を追っているようです。餌となってるのは、夜のあいだに深みから浮いてくるイカやサカナでしょう。明け方には採餌を終えて岸近くに戻り、日中は穏やかな入り江で休憩しています。午後になると、ハシナガたちの動きは徐々に活発になり、やがてまた、餌を捕るために沖へ泳いでいきます。
21-2.jpgでは、ミナミハンドウイルカはどうでしょう。彼らは、ハシナガのような日周行動はとりません。いったい、いつ、どこで、何を食べているのでしょうか。小笠原ですでに20年も彼らと付き合ってきましたが、実はまだ、その食性はよくわかっていません。
私たちも、彼らが何かを食べるところに遭遇することはあります。ドルフィンスイムツアー中、ときどき、何やらしきりに下を探すそぶりをするイルカがいます。何かいるのかしらとその横に並んで下を見ても、青い海の中には何も見えません。でも、そんなイルカがさーっと真っ直ぐ潜っていくと、次に上がってきたときにはサカナをくわえてます。私たちの耳には聞こえなくても、きっと音を出してエコロケーションでサカナを見つけていたのでしょう。
イルカは、わざわざ下からくわえて持ってきたサカナを、まるで私たちに見せつけてるようです。そのサカナを水中でちょっと放してみては、ふらふら泳ぐのを追いかけてくわえ直す、なんて、数回繰り返してます。2頭のイルカが、交互に、逃げるサカナを追いまわすこともあります。やがて、そんな遊びに飽きると、がしがしと噛みきって真っ二つにして、飲み込みます。
21-4.jpg餌となってるのはハギが多いです。動きが鈍くて、つかまえやすいのでしょうか。そのハギを、ふたつに噛みきるだけでなく、見事に皮をむいて食べることもあります。皮は美味しくないの?刀をくわえてる!?と驚かされたときのサカナは、ダツでした。銀色に輝く長い胴を、イルカが真横にくわえていたのです。鋭く尖った口先を噛み落としてから食べるのだろうという予想に反して、そのまま口先から飲み込んでしまいました。あんな長いものが胃の中に刺さらないのだろうかと、見ていて心配になったくらいです。
それにしても、イルカがそんなふうにサカナを捕まえて、時間をかけて食べるさまは、どうも遊び半分のようです。たぶん、彼らにとってはせいぜい「おやつ」程度なのでしょう。「食事」にしては、運動量のわりに餌の量が少なすぎるのではないかしら。
21-3.jpgいかにも「食事」らしいのは、トビウオを捕食してるときのイルカたちのさまです。トビウオが、水面上を飛んで逃げてます。その真下の水面下を、仰向けになったイルカが空中のトビウオを見ながらぴったりついて泳いでいきます。力尽きたトビウオが着水したところを、ぱくり。必死に逃げるトビウオが、飛びながら右へ左へとカーブを切っても、イルカはゆうゆうとその真下を泳いでついていきます。なんという正確さ。飛翔の名人のトビウオとはいえ、いつかは着水しなくてはなりません。どんなに長く飛び続けても、やがては下で待ち構えるイルカの口へ落ちていきます。なんという非情さ。あっちでもこっちでも、飛ぶトビウオと追うイルカたちが見えます。彼らがあげる白い水しぶきと水面を横切る黒い背ビレで、海が沸き立つようです。
その騒動に、カツオドリも集まってきます。彼らもまた、空中のトビウオを目指して、素早く突っ込みます。その動きもまた、お見事。追っていたトビウオを横からカツオドリにさらわれて、やむなく急ブレーキ、また別のトビウオを探しはじめるイルカもいます。空と海の両方から狙われるとは、トビウオにとってなんて厳しい状況でしょう。
21-5.jpg食い気がたってるイルカたちの動きは敏捷かつ獰猛で、いかにも肉食獣です。いつものあの、優しい眼をしてのんびり泳いでるイルカからは想像もつかない姿です。うかうかとヒトが水中に入ったら、目もくれないどころか、邪魔だっ!とぶつかってくるでしょう。でも、これこそが、彼らのあるがままの、そして何より生きるすべとして必要な食事の光景です。彼らは、水族館でトレーナーの言う通りに動いて口を開けていれば(死んだ)サカナが手に入るわけではありません。この海で、自らの体力と知力を使って餌を捕まえなければ、自身が飢えてしまうのですもの。生きていけないのですもの。もちろん、餌となるサカナたちのほうだって、途中から参戦してくるトリたちだって自分が生きるのに必死です。まさに、食うか食われるか、です。
私たちは誰の応援もできず、ただただ圧倒されて命を賭けた戦いを見守るだけです。
そしてきっと、私たちが知らないところで、実は別の餌をもっとたっぷり食べているのだろうイルカたち、その姿はもっともっと厳しく激しいものなのかもしれないと、想像をたくましくしているのです。(TOMOKO)
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2011年02月27日

★Tomocolumn 20「網にかかったクジラ」★

2010年12月某日、いつものツアーに出て昼休憩を終えた頃、無線が入りました。どうやらザトウ情報らしいのですが、よく聞き取れません。とにかく行ってみようと父島の南側へ向かうと・・・。
20-1.jpg無線をくれたダイビングボートはいますが、ブローは見えません。近くまで行って、ようやく、1頭のザトウクジラの背中を確認できました。でも、動きがおかしい。どうしたのだろう? ん? 誰かがクジラの横で泳いでる? 何をしてるの??
ボートのスタッフに尋ねると、なんと、クジラに大きな漁網が絡まってるとのこと。網にはたくさんの浮き玉がついていて、クジラは潜れずに水面で浮いたまま息も絶え絶えの状態だったそうです。そこでやむなく、スタッフのひとりが泳いでその網を切る作業をしてるとのことです。
ちょうど漁網の大部分を切り離したところで、それはそれは大きく重そうな網の塊りをボートに引き上げていました。
それでもまだ少し網が残ってると聞き、ダイビングへ向かうそのボートから作業を引き継ぎました。見れば、クジラはゆっくりながら水面を泳いでます。水中に入って状況を確認すると、口の両端からロープを引きずり、二本分が背中を回ってその後ろへかなり長く伸びています。放っておいたら、これがまた何かに絡まってしまいそうです。そこで、あとからやってきた別のダイビングボートのスタッフと共に、その長いロープを切る作業にかかりました。ロープを引くと、口の中からずるずるとまだ出てきます。全てを引き出せたらよいのだけど、それはできず、なるべく口に近いところで切ることにします。
20-2.jpg泳いでいたクジラはやがてほとんど停まりましたが、すぐ横まで行くと、ときに胸ビレで叩くような仕草をするので、油断できません。私たちが何をしようとしてるのかわからず、かえって怯えてるのかもしれません。
作業にかかるとき、私の耳にクジラの声が聞こえました。低く、伸ばすように、一声、二声、そして三声。ソングではなく、またクジラ同士でお喋りしてるときの声でもない、初めて聴く声でした。なんて切なく響く声でしょう。こんな状況だけに、私には、このザトウがまるで自分が陥った悲運を嘆いてるように聞こえました。
それぞれが注意しながら、時間をかけて、何とか両端とも2mほどにまでロープを短く切り終えました。これくらいなら、クジラにとってそれほど負担にならずにすみそうです。全員がボートに戻ると、クジラはそのままぷかぷか浮いてました。絡みついてた重い漁網がなくなったのは、わかったはずです。深い呼吸を繰り返して、そのブローもはっきり見えるようになりました。と、クジラはその場で向きを変えて、ぐるっとひと回りしました。折しも、私が個体識別の手がかりに背ビレの写真を撮ってるときでした。左側を撮り終えて、「右を撮りたいから、クジラの反対側へ回って」とキャプテンに頼んだちょうどそのとき、それが聞こえたかのように、クジラは向きを変えて逆の背ビレを撮らせてくれたのです。そして、何を思ったのか、クジラは船に近付いてきました。水面下に、頭も傷だらけの背もはっきり見えます。ぶつかりそうなくらい舷に寄ってきて、大きく一呼吸して、それからゆっくり潜っていきました。
20-3.jpg次の浮上をしばらく待ったのですが、50分待っても現れません。後ろ髪を引かれながら、私たちはその場を離れました。
もう一度、無事な姿を確認したかったなぁ。よほど遠くに浮上して、見つけ損なったのでしょうか。ようやく潜れたクジラは、喜んでぐいぐい水中を泳いでいったのかしら。それならいいのだけど。決して、力尽きて沈んだようには見えませんでした。あきらかに、自分の意志で潜っていきました。だから、そのあと、きっとどこかに浮上してるはず。どうかどうか、元気でいてくれますように。
果たして、このときのクジラは、私たちが漁網を切って助けようとしてるのはわかったのでしょうか。もちろん、眼で、水中の私たちを見てました。最初は警戒していたにしても、ヒトが近付くことによって、動きのとれないからだが軽くなっていくのを感じとれたのでしょうか。ヒトとしての勝手な期待では、潜る前にわざわざ船に近付いてきたのは、感謝の気持ちを示したかったのかと。・・・うーん、どうでしょう。
20-4.jpg漁網が絡まったクジラやイルカの話はこれまでにも聞いたことがありますが、うまく外してやれた例は寡聞にして知りません。身動きがとれずにパニクっているクジラやイルカに寄るのは、大変危険でもあります。今回のザトウの場合は、かなり弱っていたからこそできたことです。それでも、最初は、近付こうとするとぐるぐる水面でのたうち回って嫌がったそうです。にもかかわらず、網を切るのをあきらめなかった最初のボートのスタッフに、敬服します。
漁網以外にも、金属の輪がすっぽりクチバシにはまってしまったミナミハンドウイルカの子を見たこともあります。口を開けることができない子イルカは、みるみる痩せていきました。はずしてやりたくて私たちが近付こうとするのですが、追いかけられてると解釈した親子のイルカは一目散に逃げていきます。このときくらい、言葉が通じさえすれば、と悔しく思ったことはありませんでした。ちょっと停まってくれれば、外してやれるのに。
海の中で私たちがクジラやイルカを助けられる機会は、あまりにも少ないです。今回が、そのまれな例になっていたら嬉しいのですが。しばらくは、ザトウを見るたびに、あのときのクジラかと背ビレを確認してしまうことでしょう。(TOMOKO)

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2010年10月26日

★Tomocolumn 19「マッコウの子育て」★

19-1.jpg小笠原の海では、今日も多くの生きものが子育て中です。
ザトウクジラやアオウミガメのように、繁殖のためにはるばる小笠原へやってくる種もいれば、ミナミハンドウイルカのように、ずっとこのあたりにいて繁殖する種もいます。それぞれが、この美しい海で、次世代への命の引き継ぎにいそしんでます。
巨大なマッコウクジラもまた、小笠原で子育てをしています。成長した雄は北へ旅立ちますけど、雌はこの近海に棲み続けます。
なので、私たちがよく会うマッコウクジラは、7〜12メートルくらいの雌と若者たちの集団です。時に、4メートルしかない、生まれたばかりのベビーも見かけます。
19-2.jpgベビーは、まだ呼吸するのもへたくそです。四角い頭を海面に突き出して、上下に揺らしてリズムをとりながら呼吸してます。鼻の穴だけを水面上に出す、効率的なアダルトの呼吸のしかたとは全く違います。
まだ警戒心のないベビーが、ふらふらと船のほうに寄ってきてしまうこともあります。お母さんは、慌ててベビーを連れ戻しに来ます。アブナイじゃないの、と、まるでこちらのせいのように船を目の敵にすると、もう、いけません。向きを変え、子どもをしっかり守って泳ぎ去ります。こちらは、その後ろ姿を見送るしかないのです。そんな、大事に大事に育てているマッコウの子どもも、でも、お母さんが食事しに深海へ潜っている間は、たったひとりで帰りを待っていなくてはなりません。どんなに可愛い子でも、1000メートル以上の海の底まで連れて行くことはできないのです。
19-3.jpgオトナのマッコウが潜っている時間がどれくらいか、ご存じですか?クジラにもよりますが、だいたい30分から1時間です。彼らが海の深みに辿り着くだけで、10〜15分かかります。そこで餌となるイカなどを追い、首尾よく食べられても食べられなくても、また浮上に10〜15分かかります。水面で待っていた子どもと合流し、呼吸を整えながら授乳します。そしてしばらくすると、また餌を探しに潜っていきます。
子クジラのほうは、たいていお母さんが潜るとき、一緒に潜ります。2頭の姿が消えるのだけど、数分から十数分で、子クジラだけがぷはっと海面に現れます。もうそれ以上、母さんについて行けなかったのでしょう。
19-4.jpg母さんを待つ間、水面の子クジラは、ぷかぷか浮いてたりばちゃばちゃ泳いだり、不規則な動きです。ずーっと様子を見てると、やがて、まっしぐらに泳ぎはじめます。一方向に向かって、頭を上下させながらどんどん泳いでいきます。さてはそっちにお母さんが浮いてくるのかと船がついていくと、果たして!気が付くと、お母さんマッコウが子クジラに寄り添っています。子クジラは、荒い呼吸を繰り返すお母さんの隣にいたかとも思うと、ふっと消えて、お母さんの下に潜りこんでます。きっと夢中でおっぱいを飲んでいるのでしょう。
好奇心の強い子クジラがひとりで待ってるとき、ふと船に興味をもつと、そのまま近付いてきちゃいます。私たちにしてみれば、小さいとはいえ、間近でマッコウを見られてラッキーです。子クジラは、舳先から舷を回ったり船底をくぐったり、うろうろ行ったり来たりしてます。船上からは歓声が上がりますが、でもでも、お母さんがその様子を知ったら、きっと気が気でないでしょう。
19-5.jpgもし、子クジラに危険が迫っても、お母さんはすぐ子クジラを助けに来ることはできません。海面の子どもと海底のお母さんが音を出して会話してるとしても、子クジラの悲鳴を聞きつけたお母さんが浮上してそばに行くまで10分はかかるのですもの。「獅子は子を千尋の谷に突き落とす」と言いますが、マッコウは、子を置いて、自らが千尋の海底に下りていくのです。しかも一回きりでなく、日に何度も何度も。それは、ある意味では、突き落とすよりもっと辛いことかもしれません。とはいえ、あらためて思えば、野生の生きものは、マッコウに限らず、それぞれがハードな環境で子どもを育てているものです。子を置いて親がエサをとりに行くのも、よくあることです。それでも無事に子育てできる確率が高いから、その種は今でも存続しているのでしょう。
いっぽう、生息環境には変化がつきものでもあります。これから先もマッコウたちが向かう深海にエサが豊富にあり続け、そして、子クジラが待つ海面が安全であり続けますように。なによりも、私たちヒトの影響で彼らの生存を脅かすことがないようにと願いながら、今日もマッコウとの出逢いを楽しみたい私たちです。(T)
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2010年05月21日

★Tomocolumn 18「イルカと仲良くなるコツ」★

18-1.jpgBonin Blueに輝く海でイルカと戯れる、夢のようなひととき・・・。
「どうしたらイルカにもっと近づけますか」「どうしたらイルカと一緒に泳げますか」と、よく尋ねられます。そこで今回は、イルカと仲良くなるコツをお伝えしましょう!
そのコツとは・・・?まず、「イルカは、ヒトをだ〜い好き!」という先入観を捨てましょう。大人気だったわんぱくフリッパーのイメージから(あ、古すぎ!?)、または水族館のショーでの従順な姿から、「イルカは人間の友だち」と刷りこまれてるあなた、イルカはいつでも喜んで人間に近付いてくると信じてるあなた・・・残念ながら、そう決めつけるのは間違いです。
私たちは、実際に彼らが生活してる海で、可愛くフレンドリーなばかりではない、イルカの不機嫌な顔や意地悪な顔もよく見ます。イルカ同士で喧嘩してることもあれば、1頭を数頭のイルカが虐めてることもあります。1尾の魚に噛みついては、わざと離す。よろよろ泳ぐ魚を追いかけて、くわえてはまた離す。さんざん遊んだあげくに噛みちぎって食べてしまうさまを見たら、思わず魚に同情してしまいます。でも、弱肉強食の世界では、強いモノが弱いモノを弄ぶのはよくあることでもあります。
18-2.jpgそう、イルカは決して特別な動物ではなく、フツーの生きものなのです。だから、過剰な思い入れを捨て、フツーの生きものとして接してください。
では、どうやって・・・? あなたが知らないヒトに初めて会うときを思い出してください。いきなり近づいて、ぺたぺた触ろうとはしませんよね。ある程度の距離をおいて、さて、相手がどんな性格かしら、今のご機嫌はどうかしら、どういうふうに話しかければいいかしら、って様子を見ますよね。いざ言葉をかけてからも、相手の反応次第で話し方を変えたりしますよね。イルカも同じです。海に入ったら、さて、目の前のイルカは、何をしてるところかしら? どんな性格かな?ご機嫌はいいかな? ちょっと近付いても大丈夫かな。このままもっと寄れるかな。あ、少しうるさがってるかな。ここで停まった方がいいかな。などなど。こちらをちらっと見て顔を背けたり方向を変えたりするようなら、くれぐれも慎重に。嫌がるイルカに無理に近づいたところで、相手は逃げるだけです。一度嫌われたら、次はもっと警戒してしまいます。人間だってそうでしょう?
18-3.jpg「え〜、だって、イルカは人間じゃないもの」。じゃあ、犬を想像してください。知らない大きな犬(それこそ自分より大きくて、引き紐もついてない犬ですよ!)に道でばったり会ったら、いくら犬好きでもいきなり「カワイイ〜!」って行かないでしょう?「この犬は噛みつくかしら?」って、距離をおいて見ますよね。その犬が優しそうな表情で尻尾を振ってたら、安心して近づくかもしれないけど、険しい表情で唸ってたら、刺激しないよう、ゆっくり回れ右するでしょう。餌を食べてたり道ばたで寝てたりなら、そーぉっと横を通過するかもしれない。犬じゃなくて、猫だったら?・・・おっと、そんな大きな猫って、つまりは虎じゃないですか。やはりむやみに近付かないですよね。
もしイルカが嫌がってウンチかけてきたら、そこで止まりましょう。水底で休んでるイルカの間に入って驚かすのはやめましょう。水中をゆっくり泳いでるイルカが浮上のとき急に早くなって水面の私たちを避けるようだったら、諦めましょう。近付くときには、バタバタ追いかけるのではなく、相手の動きに合わせて、そっと。
18-4.jpg「なぁんだ、だったら、水族館の方がよっぽど簡単に近くでイルカを見られるじゃないの」。ハイ、その通りです。イルカをただ見るだけなら、水族館をお勧めします。
でも、私たちが皆さまに見ていただきたいのは、ヒトによって馴化されたイルカではなく、本来あるべき姿のイルカたちです。どんなに早く、どんなに深く泳ぐのか。どんなに高く、どんなに軽やかに跳ぶのか。どんなふうに餌を食べ、遊び、眠り、子育てをしてるのか。どんなふうに仲間同士コミュニケーションをとってるのか。競ったり力を合わせたりしてるのか。なによりも、青い海の中で彼らがどれだけ美しいのか。どれだけ豊かな表情をしてるのか。どれだけ全身で生を謳歌してるのか。そして、そんなイルカが、私たちのことを同じようにフツーの生きものとして認めてくれて仲良くできたら、ホントに嬉しい!
イルカと水中でくるくる追いかけっこするのも楽しいけど、私が幸せを感じるのは、イルカと互いの眼を見つめながら、ぴったり横に並んでずーーっと一緒に泳げるときです。笑ってこちらを見てるイルカの眼の、なんて優しいことでしょう!
18-5.jpg水中を一緒に泳いでいて、あ、もう息が続かない、というとき、それを察したイルカのほうから、まるでリードするように浮上していきます。そのまま並んで同時に水面で一息し、そして寄り添ったまままた潜っていく。イルカは私より長く息が続くのに、こちらの様子を感じて合わせてくれるのです。きっと、子イルカと泳いでるときもそうしてるのでしょう。イルカと気持ちを合わせてきれいにシンクロして泳ぎ続けられるときの幸せな気持ちといったら!このまま、いつまでもどこまでも泳いでいけそう。まさに、時間が止まります。
そう、イルカと仲良くするコツは、イルカをよーく観察し、理解しようとし、そのときの彼らの気持ちを尊重することに尽きます。つまりは、ありのままのイルカへの愛情、かな。そしてあとは、よりスノーケリングに慣れること。
さあ、イルカへの愛をいっぱい胸にして、ご一緒に小笠原の海へ!(T)

2010年03月20日

★Tomocolumn17「ドルフィンスイム変遷」★

ds-1.jpg小笠原は野生のイルカに会える海で、彼らを目的とする観光客が大勢いらっしゃいます。でも、この海では、ずっと昔から今のようにイルカと泳げていたわけではありません。
以前は、野生のイルカに遭うのは、夢のまた夢でした。20年前の私が一生に一度でいいから海で遭いたいと夢見ていたのが「マンタ」「ジンベエザメ」、そして「イルカ」でした。野生のイルカに本当に遭えるなんて、まして一緒に泳げるなんて、当時の私には想像もつかないことでした。
そんなあの頃から、では、どうやって今のイルカと泳げる海になったのでしょう。
80年代後半(ああ、トシがばれる・・・!)、小笠原への観光客はダイバーと釣り師ばかりでした。ダイビングボートでの行き帰りに、まれにイルカを見つけることがありました。ダイバーたちは大喜び。船首波に乗る姿やジャンプする姿に拍手したものです。
ds-2.jpgで、何しろダイバーですから、海の中でイルカを見たいと飛び込むようになりました。でも、ジャイアントストライドで入っても、びっくりしたイルカはあっという間に逃げ去ります。いつも、先着1名か2名が逃げ去るイルカを一瞬見られるだけでした。それでも、見られた人は大はしゃぎ。他の人たちの羨望のまなざしを受けたものです。なので、この時期は、イルカを見つけたらとにかくさっさと準備して、ボートから飛び込む先頭に立つのが肝心だったものです。
ところが、そのうち、逃げないイルカが現れたのです。ヒトが飛び込んでも平気なので、海に入った全員が見られるようになりました。あの、頭に白い丸があるイルカは逃げないね、嬉しいねと噂が広がると、次には、彼がいる群の他のイルカたちも逃げなくなったのです。
同じ頃、ダイビング中にイルカに会う機会も増えました。つまりは、イルカたちが水中のヒトに慣れてきたのでしょう。潜っててふと気付くと、イルカがいる!わわわ!と慌てるうちに、いなくなります。サカナを見てるダイバーの後ろからイルカもそっと覗きこんでる、なんてこともありました。
そんなふうに海で互いの存在を認めるようになり、いよいよドルフィンスイムの始まりです。
ds-4.jpgはじめは水中でヒトという見慣れない生きものを警戒して遠くを泳ぎ去ってたイルカたちも、やがて、所詮、ヒトはイルカに追いつけないとわかったようです。一目散に逃げるのではなく、横目でヒトを見ながらそのまま泳いでくれるようになりました。または、こちらの泳ぐ速度をはかりつつ、追いつけそうで追いつけない距離を保ったり、後ろから脇を追い抜いていったりと、ヒトをからかう面白さも覚えたようです。そのくせ、いざ逃げるとなったら、あちらに向かうふりをしつつ、潜って方向転換して猛スピードで泳ぎ去る、なんてフェイントも使います。ときに、好奇心の強いイルカが近づいてくることもありました。こちらが上手くそれに合わせると、一緒に並んだり水中で廻ったりもできます。彼らも、ヒトとのスイムを楽しんでくれてるのでしょう。
私たちも、イルカたちに嫌われないよう、彼らの意向を尊重することを覚えました。赤んぼうがいて神経質なとき、採餌に忙しいとき、ゆっくり休息してるときなどは邪魔しまいと心がけます。そう、いつだって、イルカのほうがペースを合わせてくれるからこそ、私たちは彼らに近づけるのですもの。
ds-3.jpgイルカとヒトとは姿形も違えば言葉も通じませんけど、じっと眼と眼を合わせると、互いの気持ちが伝わります。楽しそうに笑ってたり、興味深そうに観察してたり、不機嫌なのをガマンしてたり。こちらも、自然に相手の状況に合わせた行動をとるようになります。
イルカを見つけてボートから海に入ると、当のイルカが水中で縦になってこちらを待ってる、なんてこともよくありました。あらぁ、待っててくれたの、と嬉しくて嬉しくて! たまたま私がイルカの絵の水着を着てたら、不思議そうにじーっとその絵を見つめてたこともあります。水中で首をかしげて考えこんでる表情の、おかしかったこと!
またある日、彼らが海藻やビニールの切れ端をヒレに引っかけて遊んでいました。切れ端をくわえて私の目の前に持ってくると、試すようにそっと放します。私がそれをつかんで振って見せ、ほうら、と放すと、喜んでまたそれをくわえていきました。
世界でイルカを見られるところは何カ所もありますが、飼育下のイルカだったり、餌付けしてたり、または水中で通りすぎるイルカを見るだけだったりが案外多く、野生のイルカと一対一で遊ぶことができる海は、ほんの数カ所です。小笠原は、イルカとコミュニケーションをとれる、とても貴重な海になったのです。
ds-5.jpgそんな小笠原ですが、年と共にツアーボートもお客さんも増えて、スイム事情もまた変わってきました。ある意味では、以前よりイルカをウォッチしやすくなりました。ヒトやボートの動きを覚えて、必要以上に警戒することがなくなってます。水中でヒトを見ても、ああ、またこいつらか、と逃げずにいるので、近くで見やすくなったのです。
ただまた、いつまでも一緒に遊んでくれることが減ってます。もしかしたら、ヒトに飽きてしまったのかもしれません。以前のように一度海に入ったら30分・1時間と並んで泳ぎ続けることが、めっきり少なくなりました。
さて、これからの小笠原で、イルカとヒトの関係はどう変わっていくのでしょう。いつのまにか、父島で20年前からイルカを海の中で見続けてきたスタッフは、私だけになりました。これまでの変遷を知らなければ、今のスイム環境を当たり前と思うことでしょう。でも実は、今の環境は、イルカとヒトの信頼関係で長年かけて育んでできたものなのです。
今でもなお、イルカがヒトと遊んでくれることもありますし、通り過ぎるイルカを近くで見てるだけでも楽しいです。でも、たった20年でこんなに変わってきた彼らとの付き合いが、この先の10年20年でどう変わっていくのか。
危機感を持ちつつ、それだけに今、彼らが私たちを受け入れてくれてることを喜び、イルカたちとの良い関係を守り続けていきたいと願ってます。(T)

2009年11月08日

★Tomocolumn 16「ゴンドウ父さんの愛情」★

kobire01.jpgクジライルカ類はおおむね母系集団だということは、きっと皆さん、ご存知でしょう。
例えば、小笠原でいつも見ているマッコウクジラは、母親と子供たちの群れです。雄は、ある程度育つと、若雄の集団を作って生まれた群れから離れます。彼らは小笠原より北へ向かい、東京湾近海で目撃されたりしてます。もっと大きくなり成熟すると、1頭づつバラバラで極北の海を目指します。そこで豊富な餌を採っては、時々、繁殖のために小笠原へやって来て、また北へ戻ります。
ザトウクジラも、ミナミハンドウもハシナガも、雌は複数の雄と交尾をするようで、持続する夫婦関係はもちません。ですから、子供と父親との親子関係も生じません。当然、父親として子供への愛情が育つはずがないのですが・・・。
09年2月、コルテス海でのコビレゴンドウの行動を見たら、そんな常識に疑問を持たざるを得ませんでした。
kobire02.jpg某日、私たちの乗った船はコビレゴンドウの大きな群れに囲まれました。全部で数百頭いるでしょうか、アダルトもヤングもいて、それぞれが船の前やや後ろをゆうゆうと泳いでいきます。
歓声を上げてそんなゴンドウたちを眺めているうちに、ふと、1頭のゴンドウが何やらくわえてるのに気付きました。見事な背ビレの成熟雄の口もとに、白っぽいモノが見え隠れするのです。さては魚でも食べてる途中かと、注意深く観察していると・・・、なんと、白っぽいのは、死んだ赤ちゃんゴンドウでした。
死んでから数日経ってるのでしょう、表皮はかなり白くなっていて、一部は皮膚が剥げかけてる状態です。目をつぶってる小さな顔も、はっきりわかります。
いったいなぜ、赤んぼうの死体をくわえたままで泳いでるのでしょうか。しかも、雄が。
oyako01.jpg赤ちゃんの死体を放さないお母さんイルカの話は、これまでに聞いたことがあります。子供の死がわからないのか、それとも、信じられないのか、懸命に死んだ子を泳がそうとしてる、なんて切ない例は、世界の数カ所で目撃されています。
でもでも、目の前のゴンドウは、確かに雄です。体が大きくて丸々した背ビレの、決してお母さんではない、成熟した雄です。つまりお父さんでもないはず、と言うか、お父さんかどうかは本人にもわからないはず、でもあるし、そもそも子育てに関与しない雄のクジラに父性愛はないはず・・・なのですが。
不思議に思いつつ見てる私たちの前で、やがてゴンドウたちは次々に潜っていきました。群れが姿を消した海に、あら、例の雄ゴンドウともう1頭だけが、潜らずに残っています。
残った彼らは、ふと泳ぐのを止めました。それから、そっと、赤んぼうの死体を口から放しました。
oyako02.jpg水面に浮かんだ赤ちゃんの死体を、少し離れたところから、じっと見守ってます。雄は動かずに、ただ静かに死体を見ていて、もう1頭のやや小柄なゴンドウが、その雄の横をゆっくり行ったり来たりしてます。
2頭が死体の前でとどまっていた数分のあいだ、船も停まり、船上の私たちも口をつぐんで、その様子を見ていました。誰もが、手にしたカメラのシャッターを切るのもやめてます。
ゴンドウもヒトも、それぞれが黙って赤んぼうを見守る、厳粛な雰囲気の数分間でした。
雄ゴンドウは、やがて、ゆっくりと死体に近付き、もう一度その口にくわえ直しました。そして、もう1頭を誘うように振り返ります。2頭は並んで静かに泳ぎ去り、私たちはそんな彼らを停まったまま見送ったのでした。
一連を見ていた船上の私たちは、皆、同じ印象を持ちました。そう、彼らの様子は、夫婦で早世した子供を悼んでいたとしか思えなかったのです。
普通、成熟雄が子供の死体をくわえてたとしたら、考えられるのは、群れの中で死んだ(もしくは殺した)他の雄の子を見せびらかして、自分の強さをアッピールしてる場合でしょうか。
でもでも、このときの雄には決して攻撃的な雰囲気はなく、むしろ、とても穏やかでした。
sunset01.jpgあのあと、雄ゴンドウは、何回か、赤んぼうを放そうとして、またくわえ直すことを繰り返したかもしれません。それでも、いつかは、さすがにあきらめるでしょう。それとも、あきらめがつく前に死体が崩れてしまうのでしょうか。いずれにしても、きっとそのときも2頭のゴンドウがやはり寄り添っていて、互いの傷みを分かち合い、無言で慰め合ったような、そんな幻想を抱いてます。
そんな馬鹿な、と、研究者には一笑に付されるのでしょうが、私自身はこのときの2頭のゴンドウの悲哀の感情を確かに受けとめて、彼らと共に、あの赤んぼうの死を悼んでいたのです。

2009年05月18日

★Tomocolumn 15「20年目のラブレター」★

fluke.jpg拝啓 ザトウクジラ様
あなたに初めて会った日から、早いものでもう20年もの月日がたってしまいました。忘れもしない、○年5月下旬のあの日、ダイビング帰りの船上で「クジラがいるぞ!」という船長の声。「え!?ク、クジラ??」「ここにぃ??」全く予想もしてなかった出来事にビックリして海を探すと、・・・何もいないじゃないの。あそこと言われても・・・やっぱり何にもいない。ようやく見えたのは、ちょっぴり海の上に出てるだけの黒い物体で、こんもりした島型でもなければ、潮吹きも二またに分かれた噴水型ではない!・・・これが、クジラ?大きさなんて、わからないじゃないの!!
思いがけない出逢いと姿に心底驚き、それが、あなたに興味を持つきっかけでした。
へーえ、マンガに出てくるクジラって、本物とは違うのか!
hwdorsal.jpg目から鱗で、それまで縁がなかったあなたについて、もっと知りたくなったのです。
父島に移り住んでからは、たまのチャンスをつかんでは海に出てあなたを探すけど、今のように数が多くもないし、なかなか見つけることができません。でも、それだけに、会えたときの喜びは格別でした。
最初のシーズン終わりに、ようやく撮った三枚の写真。それは、遠くに小さく小さく写った、あなたのフルークです。連写速度も遅いから、ベストというべきショットは一枚目と二枚目の間だったね、なんて笑いながらも、その写真を撮れたことが嬉しくて嬉しくて、それだけで、その次のシーズンまで幸せでいられました。
次のシーズンには、海の上に突き出したあなたの頭を見ることができました。黒く大きな頭の先にはたくさんのボツボツが付いていて、それもまた、驚きでした。
breach.jpgそのまた次のシーズンで、ようやく、念願のブリーチが見られました。カメラに収まったあなたは水しぶきをまとった白一色で、まるでお化けみたい。でもでも、これが噂のブリーチなのだ、なるほどなんて迫力ある姿かと、感激しきり。その喜びだけで、また、次のシーズンまでずっと、あなたへの思いを大切にしていられたのです。
あの頃、眼にしたあなたの行動のひとつひとつが、なんて貴重で、なんて思い入れがあったことか。
私自身の会いたい思いが高じて、そして他の人にもぜひあなたの魅力を知って欲しくて、そのあと、MAKOTOと共にウォッチングツアーを始めました。それからの毎日は、とにかく、いつでも海に出られてあなたに会えるのが嬉しくて!
hwpec.jpg日差しに輝くあなたの美しさ。立ち上がるブローの儚さ。翻るフルークのしなやかさ。ひらひらと舞う胸ビレの優美さ。潜っていくさまの鮮やかさ。飛沫を上げて争う激しさ。巨体が躍る力強さ。猛スピードで泳ぐ俊敏さ。子に寄り添う優しさ。歌にこもる切なさ。子クジラの愛らしさ。どれもこれもに、惹かれます。
シーズン初めには小笠原に帰ってきてくれたのが嬉しくて、シーズン終わりには去っていくのが淋しくて。あなたがいない間には、思い出を大切に暖めつつ、遠いあなたに思いを馳せて。今頃、あなたはどこでどんなことをしてるのだろう、なんて。
小笠原以外の海にも訪ねていきました。そう、あちこちであなたに会ってますね。アラスカ、カナダ、ボストン、オーストラリア、ドミニカ共和国、南極、トンガなどなど。海域ごとにあなたは異なる姿を見せてくれて、ますます魅力的です。
head.jpgもう20年もあなたのいろいろなさまを見ているのに、全く、あなたに飽きません。むしろ、会うほどにもっと会いたい。もっともっとあなたのいろいろな行動を見たい。
小笠原での近年のツアーでは、昔よりもあなたを見つけやすくなり、あなたからボートに近付いてくれることもしばしばです。お客様の中には、初めてのご乗船で、間近にアクティブな行動をご覧になってしまう方もいらっしゃいます。皆さまそれぞれが異なった印象をもち、ご自分だけの思い出を抱かれることでしょう。あなたへの感嘆の声を聞くたびに、まるで自分を褒められたように嬉しくなってしまう私です。
あなたの棲むこの海で、あなたを思って、私は幸せでいられます。
大好きな大好きなザトウ様、たくさんの喜びを有難う。また会いましょう。敬具
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2009年01月25日

★Tomocolumn14「トンガのクジラ物語」★

palm.jpg9月の研修で行ったのは、南太平洋の島国トンガです。ここに、冬の間、ザトウクジラたちが繁殖のためにやってきます。条件が揃えば、水中でザトウたちをウォッチすることもできます。
もちろん、水中ウォッチはいつでもできるわけではありませんし、いくつものルールも決まってます。一度に海に入れるのは乗客4人とガイドだけ、一つの群れには1時間半まで、一組の親子には一日4グループまで、などなど。海の中でも、クジラを追いかけたり潜ったりするのは禁止です。そっと海に入って、ザトウの邪魔にならないよう、水面からクジラをウォッチします。
出会ったザトウに泳げる確率は、20%くらいでしょうか。入っても、クジラがさっさと行ってしまえばそれきりですが、時には、のんびりしてるザトウをじっくり観察できることもあります。
dorsal.jpg小笠原と同じく繁殖海域のザトウとはいえ、姿や行動はいくらか異なってました。南半球なので、お腹やフルークの裏が真っ白なクジラが多いです。胴の横までペンキを塗ったように白いので、ボート上からも浮上してくるのを見つけやすいです。北半球のザトウより太ってますし、性格も穏やかなよう。メイティング集団でも、小笠原のように雄同士がヒレで叩いたり上にのしかかったりという、激しく争うさまは見ませんでした。
ウォッチを続けていたある日、こんな珍しい光景に出会いました。
ザトウの親子がメイティング集団に追い回されて、引き離されてしまったのです。
母親は集団に追われてどんどん泳いでいき、残された子クジラが、すでに1時間以上もたったひとりでいるとのこと。このままだと親子が一緒になれないかもしれないと、ウォッチングボートが協力してこの親子を合流させることにしたのです。
5隻のボートが集団の前に前にと回り込んで、それ以上沖に走らないように足止めします(通常は、クジラの前を横切る行為は禁止です)。
calf.jpg1隻が、子クジラの横にぴったりくっついて、少しづつ動くようにリードします。
私は足止めするボートのうち1隻に乗っていて、そんなうまくいくのかなと危ぶんでいたのですけど、やがてはるか遠くからボートが私たちに向かってきます。その横には、確かに子クジラのブローが。子クジラったら、のんきにブリーチを繰り返して遊びながらやってくるではないですか。
全ボートが、群れと子クジラを近付かせようと走ってコントロール。やがて、めでたく母親の隣に子クジラが確認できたときは、大きな歓声が上がりました! 
そして、しばらくはこのクジラたちをそっとしておこうと、全てのボートがその群れを離れていったのでした。
さて、この人間の行為が果たしてクジラたちのためになったのかそうでなかったのかは、実はわかりません。
オーストラリアでは、同様に迷子になった子クジラを、結局は安楽死させた例があるそうです。
cc.jpgハワイでは、1時間くらい離れていても、親が戻ってきた例もあるそうです。
もしかしたら、あのあと、集団が、また親子を引き離したかもしれません。
疑問も残りますし、異見もあるでしょうけど、ちょっと考えさせられる貴重な経験でした。
小笠原で同じことが起きたら、どうしようかしら・・・??
たぶん、人情としては、何かせざるを得ない気持ちになるでしょう。うまく行かないかもしれない、もしかしたらクジラにとっては迷惑かもしれない、でも、同様な対処をトライしてみるのではないかしら。
果たして正解は? ヒトは、どこまで自然界のできごとに積極的に関与して良いのでしょうか。
pec.jpg私たちのツアーでも、例えば南島へ上陸したとき、陰陽池で、方向を間違えて海にたどり着けなかった子ガメを見つけることがあります。このままだと、この子ガメはいずれ飢え死にするしかありません。さて、どうしましょう。
管理者の公式見解では、「そのまま放っておくべき」だそうです。人間がタッチすべきではない、ということでしょう。
でもでも、そう聞いてはいても、目の前に水面の藻に絡まってばたばたもがいてる子ガメを見たら、思わず手を差し伸べてしまいます。拾い上げて、扇池へ連れて行って放すのが、ヒトとしては自然の行為かと。
ヒトも自然界の一員であり、すでに何らかのかたちで否応なく互いに関わり合っているのだから、今さら、ここだけ手は出さないっていうのもどんなものでしょうか。
あのトンガの子クジラが、あのあとお母さんに連れられて、無事に南氷洋に辿り着いてるといいなあ。それが、正解を探して試行錯誤しながらも関わっていかざるを得ない、ヒトとしての私の願いです。


posted by Tomoko at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | トンガのクジラ物語